ヴァンパイア夜曲
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森の木々をかき分け、ひたすら走る。
ベネヴォリ郊外の草原までやって来た私は、恥ずかしさに耐えかねて声をあげた。
「し、シド…!降ろして!もういいよ…っ!」
ぴたりと立ち止まる彼。
ドレスの裾を気にするように優しく降ろした彼は私の髪を撫でる。
「…悪い。せっかく綺麗にしたのに、ボサボサだな」
「ほ、ほんとだよっ!もう…っ!」
つい、眉を寄せてそう答えると、シドはくすりと笑って丁寧に私の髪を解く。
久しぶりのシドの感触。前に触れた時は冷たかった指が、今は温かい。
(…生きてる…)
ベールとティアラを取った私を、じっ、と見つめたシドは、おもむろに私の手を取って歩き出した。
「ヒール、歩けるか?」
「…うん。…平気…」
気遣われて、とくん、と鳴る胸。
なんだか、いつもより気恥ずかしい。
二人並んで腰を下ろす。
真っ黒なスーツを着た死神と結婚式を抜け出した花嫁。駆け落ち同然の状況だ。罰当たりにもほどがある。
「…ねぇ、シド…」
私の呼びかけに、シドは、ふいっ、とこちらを向いた。
「どうして…こんなことを…」
彼は静かに答える。
「俺は、お前なしじゃいられない体になっちまったみたいだからな。」
「え?」
きょとんと目を見開く。
言葉の意味が分からない。
するとその時、シドの胸元から電子音が鳴った。取り出した通信機の向こうから聞こえてきたのは、ランディの声である。
『…あっ、レイシアちゃん!無事?シドも一緒だよね?』
ガヤガヤと音が聞こえることから、どうやら、向こうはまだ騒ぎが収まっていないらしい。
『シド、体は平気?ヴァンパイアになってから動くの初めてでしょ?』
「あぁ、問題ねえよ。…1週間も“お預け”食らって、死にそうだけどな」