ヴァンパイア夜曲
彼女は表情一つ変えなかった。ただ、ぎゅっと手のひらを握りしめている。
ロザリオが壊れた時から決めていた。もうここにはいられないと。
「俺の血を吸って、汚(けが)れたってか?」
シドの問いには答えなかった。
確かに、ヴァンパイアの血が覚醒したあの時、シドに血を貰えていなかったら私はきっと死んでいただろう。
しかし吸血欲に溺れた私はもう、反省文や床掃除なんて罰では済まされないほど淑女の道から外れてしまったのだ。
マーゴットはカタンと静かに椅子を立った。
ゆっくりとこちらへ歩み寄った彼女は、ぎゅっと私を抱きしめる。
嗅ぎ慣れた落ち着く香り。穏やかで優しい彼女の匂いがした。
「お前はどこに行っても私の可愛い子どもさ。今まで修道院を旅立って行った子らは皆そうじゃ。…またいつでも戻っておいで。血くらい、私がいくらでもやる」
聖域で暮らす院長としてはあるまじき言葉。しかし、私の前で小さく涙をこぼす彼女は旅立つ娘を見送る一人の親にすぎない。
今の言葉はきっと、神様だって聞き逃すだろう。