わたし、BL声優になりました
 田中社長から不穏な空気を悟り、黒瀬は言葉に詰まる。

 『売れっ子声優だ』『事務所の稼ぎ頭だ』なんだって囃し立てられて、有頂天になっていたのは他ならぬ自分だ。

 そして、周りの力によって造り上げられた栄光を自ら手放したのだ。

 もう、迷うことも躊躇う必要もない。

 ただ一つ、黒瀬が失いたくないのは──。

「……赤坂、今まで悪かったな。赤眼鏡とか言って」

「いえ、気にしてませんよ。赤眼鏡なのは事実なので」

 赤坂は黒瀬の意思を悟り、優しく微笑み返した。

「じゃあ、行ってくるわ」

 お互いに軽口を叩けるのも、これが最後かもしれない。それでも、後悔だけはしたくない。

 白石はきっと、あいつの所にいる。

 黒瀬は確信していた。

 性別を隠すために白石は徹底していた。

 養成所時代からの友人に裏切られた今、頼れる同業者といえば、緑川しかいないだろう。

 彼女を匿っていて、あえて知らないと白《しら》を切っているに違いない。

 ならば、緑川には事前に連絡をせずに、直接マンションに出向いたほうがいいだろう。

 黒瀬は陽が傾き始めた街並みに紛れ消えた。

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