わたし、BL声優になりました
 というよりラジオって何?
 私、何も聞いてないんですが。

 我に返り慌てて黒瀬を追うも、彼はすでに自室に消えた後だった。


「それでは、本番いきまーす」

「黒瀬のキミをセ・メ・テ・アゲル。リスナーの皆さん、こんばんは。声優の黒瀬セメルです」

 ディレクターの合図を受けて、黒瀬がお決まりのタイトルコールをマイクに向かって言い放つ。

 その表情は、すっかり仕事用のスイッチが入ったようだ。

 ラジオのタイトルコールの後に、リップ音を恥ずかしげもなく披露する辺り、流石プロの成せる技とでも言うべきか。

 無駄に感心してしまう。

「そして、本日はゲストが来ております。それでは登場してもらいましょう。どうぞ」

「……し、白石護です。よろしくお願いします」

 予め大まかな段取りを聞かされていたとはいえ、初のラジオ収録。

 柄にもなく緊張してしまい声が上擦る。

 挨拶の後、無意識にお辞儀をして、危うくマイクに衝突するところだった。

「緊張してる?」

「かなり……してます」

「だよね。ま、気楽にいこう。初めましてのリスナーさんもいると思うから説明するね。白石くんは僕の事務所の後輩で、最近養成所を卒業したばかりだとか」

 普段の態度と打って変わり、ラジオでの黒瀬の物腰は柔らかく、沈黙の時間が生まれないように然り気無く会話を促してくれる。

「はい。まだ役を貰えていないので、これから頑張ります」

「そんなにガチガチに固まらなくてもいいけどね。俺も新人の頃は役なんてほとんど貰えなかったし」

「そうなんですか?」

「いや、俺だって初めから大役貰ってたわけじゃないよ? オーディションなんて数え切れないくらい応募したし。もちろん今だって基本はオーディションだからさ」

「え! 黒瀬さんクラスになるとオファーがきて仕事を貰えるんじゃないんですか?」

 超が付く程の人気声優でも、大変な時期があったとは意外や意外。

 てっきり、デビュー当時から絶大な人気を誇ってたのかと思っていた。

「そんなわけないでしょー。俺、そこまですごくないから」

 黒瀬がマイクに向かって話している姿は、どう見ても謙遜をしているようには見えず、少しだけ彼へ好感触を抱いた。
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