羊かぶり☆ベイベー
完全に動きを止めた彼の視線は、ずっと私を見ている。
「今となっては、感謝してるくらいです」
不思議。
吾妻さんが微動だにしないからか、周りの風景も止まってしまった様に見える。
私だけが、息をしている感覚。
正直、不安になるし、困る。
「本当のこと、なんですが……あの……何とか言ってくださいよ」
私が急かしてみても、吾妻さんは吃るだけ。
そして、自身の頬が仄かに赤らんでいるのには、気付いていないのだろう。
咳払いをすると、少しだけ落ち着きを取り戻したのか、ようやく吾妻さんの声が言葉になった。
「俺、そんな感謝されるようなこと、何もしてないけど……」
モジモジしている、変に弱気な吾妻さんが何となく面白く思えて、つい吹き出してしまった。
「吾妻さんが謙遜するなんて、珍しいこともあるんですね」
前まで、疑わしいと感じていた人が、可愛らしく見える。
気持ちは、まだ強張っているのに、胸はうるさい程に高鳴ったままなのに、程好く楽しい。
この人なら冗談に取ってくれると信じ切って、半分皮肉めいたことを、つい言ってしまう。
いつか怒らせてしまうかもしれないけど、その時はその時だ。
でも、それと同じくらい、本音も言えてしまうのも事実だ。
私が思っていても、まだ吾妻さんは本調子に戻らない。
「いや、本当に俺は何もしてない。変わりたいと実際に行動を移せたのは、全て、みさおさん自身の力だよ。間違いなく」
「違うと思います」
「そんな、本当に──」
「否定して、ごめんなさい。でも、行動に移そうと思うには……背中を押してくれる人が居なきゃ、絶対に出来なかったから」
私がそう言って吾妻さんを見つめると、彼は黙り込む。
そして、両手のひらを見せて、胸の前で上げて言った。
「参りました」