羊かぶり☆ベイベー



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「──続いては、開発部の歌姫、鈴木さんに歌っていただきましょう! 伴奏は、同じく開発部の元栄さんによる、ギターの生演奏です! 」



同僚 汐里の司会で、良い具合に出来上がったおじ様方が盛り上がる。

あの子は、こういう行事ごとに、とにかく強い。

今も満面の笑みを作り、ステージ上へゲストを誘導している。

そんな汐里の勇姿を、我らが総務部の部長の横で日本酒をお酌しながら、見守っていた。

そして、歌姫の美声が大広間を包み込む。

その間にも、つい目がいってしまうところがあった。

斜め前の少し遠いところで、ユウくんが専務や常務たちに挟まれてお酌をしながら、赤い顔で楽しげにしている姿。

声も少し聞こえてくる。

普段よりも、私と居るときよりも、2音高い声。

声だけを聞いていると、まるで違う人のようだ。

大口を開けて、快活な笑い声を発するあの人は、まるで知らない誰かのよう。

あれが仕事中の姿なのか、私と居る時は気を遣って控えてくれているだけで、あれこそがユウくんの本来の姿なのか。

少しずつ、歩み寄ることが出来ていると思っていた。

それなのに、今、私の歩みが一旦、止まってしまった気がする。

目の前のユウくんの姿を見て。

何度か行った、夕食デートの風景を思い出して。

一度、感じた違和感は、どんどん膨らんでいく。

旅行中とは言え、今は接待をしている様なもの。

私情を挟んで、呆けてはいけない。

一度、ほんの少しの間だけ、目を閉じて、気を取り直す。

そして、部長の反対側に座る男性社員さんの空になったグラスに気付いて、日本酒から、畳の上に置かれたビール瓶に持ち直し、それを注ぐ。

考えては、いけない。

直ぐに、ネガティブになってしまうから。

言い聞かせていると、斜め前方のユウが不意に立ち上がった。


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