羊かぶり☆ベイベー
まずい。
とうとう接触してしまった。
声が出せない。
固まり続ける私に、彼女は目を細めて、如何にも不機嫌そうにする。
「……何してるんですか? こんな所で。まだ宴会は終わってませんよ?」
彼女の声は、あまりにも低くて、背中がゾワゾワする。
気色悪い。
この前、話しているのを聞いた声とは、全く違う。
話せない私を、じっと彼女の黒目が捕らえて、放してくれない。
そして、彼女は続ける。
「経理部の人は、ちゃんと最後まで接待しないと。自分の持ち場、離れちゃ駄目なのに。ほんと何してるんですか?」
「ちゃ、ちゃんと一言、断りを入れて出てきているので、だ、大丈夫です」
ようやく出た私の声は吃り、何を言っているのか分からないのではないか、と自分で不安になる。
辛うじてだが、声が出ると、手足の緊張も少し解けた気がした。
未だ掴まれた肩が、不快だ。
「手、放してください」
恐々と、慎重に言えば、意外にもあっさり放してくれた。
どうしようか。
このままユウくんを置き去りにして、宴会の場へ戻ってしまうか。
背中がざわつく、不快な感覚を覚えたまま、また逃げる選択肢を一番最初に上げてしまう。
また逃げるのか。
こんなことでは駄目だ。
以前、ユウくんと今、目の前に居る彼女が会話をしているのを目撃した時。
あの時にも、確かに考えたことがあったはず。
──私がユウくんの彼女なんだから。
一瞬でも、確かにそう考えていた。
「で? こんなところで、何してるんですか? って、私は聞いているんですが」
高圧的な態度で、私を脅そうとしているようだ。
私も変わると決心したなら、逃げることは許されない。