羊かぶり☆ベイベー
「何ですか……?」
彼女から心無い言葉を浴びせられて、衝撃的な光景まで見てしまい、精神的に疲れている。
早く戻って、1人になって、休んで、忘れ去りたい。
すると、吾妻さんは自身の顔を指差す仕草をする。
私が首を傾げると、息を少し吐き、苦笑いした。
「今の顔、結構、酷いよ。かなり落ち込んでる」
「え……」
自分で自分の顔に触れてみても、そんなの分かる筈もない。
「確か、女性は2人部屋なんだっけ?」
「あ、はい」
「じゃあ、今、そんな暗い顔で戻ったら、同室の人を心配させると思うけど」
「あ……」
「俺は1人部屋もらってるから、しばらく居たら良い」
意外な提案に、呆気にとられる。
でも、確かによくよく考えてもみれば、現時点での精神状態で、この後、部屋に戻ったとして。
先輩とまた談話を始めても、旅館に到着した時のようなワクワクした表情で、ずっと居られる自信は無かった。
それに、吾妻さんはこの部屋の前まで、引っ張って連れてきてくれた理由は、最初からその気だったからなのかもしれない。
廊下で動けなくなった私の最善の方法を、私自身より、いち早く見抜いてくれていたのかもしれない。
出会った当時なら、絶対に断っていた。
しかし、今は軟派なイメージも薄れた。
今日の昼、あのオルゴール店で彼に伝えた通り、感謝しているくらいなのだ。
今、断る理由は見つからなかった。