羊かぶり☆ベイベー



「飲み物、届くの遅いね」

「あ、そうだね……。普段、あまり待たされることは無いんだけど」



私の返しに、彼は「へぇ」と言うだけだった。

かなり前のカウンセリングで、吾妻さんから出された課題であった「『へぇ』と言ったときの彼の表情」

思いがけず、たった今、その答を確認することが出来た。

その答が分かった途端、ここまで深く考えることもなかったと気が抜ける。

話の内容にもよるのだろうが、彼にとっては、ただの相槌。

答はきっと「無」

無関心、という訳ではなくとも、そこに意味は無いのだろう。

結局、今の私には、そうとしか読み取れないようだ。

彼に本気ではない私では。

しかし、これで、ようやく吾妻さんに課題の結果を報告出来る。



「失礼します」



無愛想だが、優しい声が頭をつい使い過ぎてしまう空間をぶち破るかのように、頭上から聞こえてくる。

まさに、救世主。

思わず、安堵した。

その声の主である店長を、ゆっくりと見上げる。

すると、店長は僅かに戸惑い、その後、直ぐに目を細くした。

めったに拝むことの出来ない店長の微笑は、瞬きをしている間に消えてしまう。

あまりにも一瞬の出来事に、幻かと思った。

驚く私を気にも留めず、店長はテーブルに2つの黒烏龍茶を置く。

そして、更に置かれたのは「鉄板焼き」

1人前の熱々のステーキ皿の上には、野球のグローブの様に途中まで切り込みを入れられた、分厚い豚肉が焼かれている。

丸なりのニンニクと、甘辛いソースの香りが食欲をそそる。



「え? 私たち、まだ注文してませんよ?」



涎を我慢をしながらも、尋ねると店長は言った。



「これは、桐矢からです」



そして、目線を吾妻さんへやる。


< 203 / 252 >

この作品をシェア

pagetop