羊かぶり☆ベイベー
「飲み物、届くの遅いね」
「あ、そうだね……。普段、あまり待たされることは無いんだけど」
私の返しに、彼は「へぇ」と言うだけだった。
かなり前のカウンセリングで、吾妻さんから出された課題であった「『へぇ』と言ったときの彼の表情」
思いがけず、たった今、その答を確認することが出来た。
その答が分かった途端、ここまで深く考えることもなかったと気が抜ける。
話の内容にもよるのだろうが、彼にとっては、ただの相槌。
答はきっと「無」
無関心、という訳ではなくとも、そこに意味は無いのだろう。
結局、今の私には、そうとしか読み取れないようだ。
彼に本気ではない私では。
しかし、これで、ようやく吾妻さんに課題の結果を報告出来る。
「失礼します」
無愛想だが、優しい声が頭をつい使い過ぎてしまう空間をぶち破るかのように、頭上から聞こえてくる。
まさに、救世主。
思わず、安堵した。
その声の主である店長を、ゆっくりと見上げる。
すると、店長は僅かに戸惑い、その後、直ぐに目を細くした。
めったに拝むことの出来ない店長の微笑は、瞬きをしている間に消えてしまう。
あまりにも一瞬の出来事に、幻かと思った。
驚く私を気にも留めず、店長はテーブルに2つの黒烏龍茶を置く。
そして、更に置かれたのは「鉄板焼き」
1人前の熱々のステーキ皿の上には、野球のグローブの様に途中まで切り込みを入れられた、分厚い豚肉が焼かれている。
丸なりのニンニクと、甘辛いソースの香りが食欲をそそる。
「え? 私たち、まだ注文してませんよ?」
涎を我慢をしながらも、尋ねると店長は言った。
「これは、桐矢からです」
そして、目線を吾妻さんへやる。