もう一度〜あなたしか見えない〜
何も言えなかった。ぐうの音も出ないとは、このことだったろう。夫の苦しみに気づこうともせず、自らの過ちに対する罪の意識も大して感じてなかった挙句、夫の心はもう私になかったのでは、なんて言ってしまった。自らの愚かさにまさしく打ちひしがれるしかない・・・。


「少し言葉が過ぎました、申し訳ありません。」


涙が止まらず、顔を上げられない私をさすがに、少し気の毒に思ったか、弁護士は頭を下げて来たが、私は黙って首を横に振った。


「差し出がましいことを申していて、肝心のことをお伝えするのを、忘れてしまうところでした。」


弁護士が口調を変えた。


「ご主人はあなたが、お相手のところに行かれるのであれば、お相手の方への制裁は見合わせるとおっしゃってます。自分とは別れるのだから、もう遠慮する必要はないからと。」


その言葉を聞いた私は、即座にまた首を横に振った。


「どの口が言うんだと、思われるでしょうが、私はこうなった今でも夫を愛しています。生涯を共にする人は夫しかいないと思っています。そのことは彼にもはっきり言いました。同情や制裁逃れの為に、一緒になったとしても、うまくいくはずはないですし、彼もそんなことを望んでないと思います。私は夫に、制裁する価値すらないと見限られた女です。ですが、私は私なりに、夫に償いながら、これから生きていくつもりです。」


俯きながら、私は、はっきりとこう言った。


「わかりました。そのお言葉はご主人にお伝えします。これからのことにつきましては、ご主人と相談の上、ご連絡します。本日はご苦労様でした。」


そう言って、一礼すると、まだ立ち上がれない私を残して、弁護士は静かに部屋を出て行った。
< 27 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop