初めまして、大好きな人
「そろそろ帰るか」
日もだいぶ傾いてきた頃、尚央はポツリと言った。
まだ帰りたくなかったけれど、小さく頷いた。
尚央は私の手を引いて、登ってきた道を下り始めた。
帰り道は行きと違ってなかなか難しい。
下手をしたら真っ逆さまに落っこちてしまうので、
気を付けなければいけない。
尚央は慣れた足どりでどんどん、
でもゆっくりと下って行った。
私もなんとか怪我をしないで下ることが出来た。
車のあるところまで下りてくると
尚央は私の手を離した。
今まで触れあっていた手が熱を帯びている。
寒さに触れてだんだんと冷えが襲ってくるその手を
きゅっと別な方の手で握りしめた。
なんだろう、この感覚……。
「さ、乗って」
行きと同じように助手席のドアを開けてくれる尚央に頷いて、
私は車に乗り込んだ。
車内はやっぱり煙草の匂いがした。
さっきよりもリラックスしてきたからなのか、
車内がよく見える。
見てみると煙草を吸った形跡が確かにある。
あんまり本人からはそんな匂いはしなかったけれど、
尚央は煙草を吸う人なんだ。
こんなに匂いが立ち込めているってことは、
意外とヘビースモーカーなのかもしれない。
車はゆっくりと発進して、徐々にスピードを増していく。
相変わらず洋楽が静かに流れ始めた。
私たちは会話をしなかったけれど、
尚央は時折歌を口ずさんでいた。
「ねぇ」
私は尚央の横顔を眺めて声をかけた。
「んー?」と尚央は答える。
運転しているから当たり前だけれど真っ直ぐ前を見つめていた。
「おすすめの曲を教えて」
尚央はチラッと私を見て、それから低く唸った。
しばらくそうしていた尚央は、やがて口を開いた。
「さっき教えたあの曲と、後はこれかな。ちょっと待って」
尚央はダッシュボードからCDを取り出して挿入した。
なんの曲だろう。
耳をすませていると、音楽が聞こえてきた。
「これ、何語?」
「ドイツ語。こういう曲もあるんだって覚えておけよ」
「ふうん。どんな曲?」
私が訊くと尚央は音量を少しだけ上げた。
「負けてなるものか。前を見ろ。
お前が歩く道はきっと照らされている。そういう歌」
「へぇ。かっこいい曲だね」
「だろ?好きなんだ」