堅物社長にグイグイ迫られてます



その翌日。

御子柴設計事務所の仕事がまたひとつなくなってしまった。

御子柴さん担当の仕事で来月から依頼主との打ち合わせが本格的に始まる予定だったのに、午前中に連絡があり急遽別の建築家に頼むことになったそうだ。

その連絡を電話で受けたときの御子柴さんは顔色ひとつ変えず『分かりました』と冷静に答えて受話器を置いていた。そして何事もなく仕事を再開させたけれど、心の中ではきっと言葉にできないくらいの複雑な感情を抱えていると思う。

そんな御子柴さんの様子が気になってついつい視線が向かってしまう。そのたびにハッと気が付いてまた視線を戻すけれど、またちらっと御子柴さんの様子を伺ってしまう。

昨日の一件以来、御子柴さんとは口を聞いていない。仕事のことで少しだけ言葉を交わしたけれど、そのときもお互い目を合わすこともしなかった。何となく気まずい雰囲気が続いている。

お昼休憩を挟み、午後に入っても相変わらず御子柴さんのことを気にしながら自分の仕事を続けていると、

「佐藤邸の進捗状況みてくる」

御子柴さんがそう言ってイスから腰を上げた。

「今から行くの?」

佐原さんが壁掛け時計に視線を向けながらたずねる。私も時間を確認すると定時まであと一時間ほど。いつもならこんな時間に現場へ行ったりしないのに。

佐原さんの問いに「ああ」とだけ告げると御子柴さんは私の横をさっと通り過ぎて事務所を後にしてしまった。

閉まった扉を見つめながら思わずため息をこぼしてしまう。
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