堅物社長にグイグイ迫られてます
「え、あれ、佐原さん!?」

「うん。そう、俺」

佐原さんはニコリと笑っているけれど、私の手元にある汚れた書類を見た瞬間ひきつったような表情になる。

「雛子ちゃん。もしかしてそれって……」

「はい。婚姻届です」

「だよね」

そのとき再び扉ががちゃっと開いた。

「戻った」

佐原さんよりも少しだけ低い声。今度こそ間違いない。この声は御子柴さんだ。

「おかえり、悟」

佐原さんの声に「ああ」とだけ短い返事をすると隣にいる私へ視線を向ける。と、手元の書類を見て目を見開く。

「お前、それ……」

「ご、ごめんなさい」

私は深く頭を下げた。

今日はこれから仕事が終わったあと御子柴さんと一緒に婚姻届を提出しに区役所へ行く予定だったのに。こんなコーヒーまみれの婚姻届なんて出せるわけがない。

ああ、私は本当にまったく成長していない。相変わらずのドジだ。

「ったく、お前には呆れる」

御子柴さんに軽くため息をつかれてしまい「すみません」ともう一度謝った。

すると御子柴さんは自分のデスクへと向かい引き出しを開けて何かを取り出すとまた戻ってくる。

「そんなこともあろうかと思ってもう一枚用意してある」

そう言って私の顔の前に一枚の書類を見せつける。それは先ほど私がコーヒーまみれにしてしまった婚姻届と全く同じもので、私の名前だけが空欄になっている。
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