堅物社長にグイグイ迫られてます
「俺の欄と、俺の保証人の親父の名前とお前の保証人のお父さんの欄もお前のいないところで本人に書いて貰ってもう埋まってるから、あとはお前の欄を埋めればすぐに出せる」

さすが御子柴さんだ。私がミスをすること前提にあらかじめ予備を用意して隠し持っていたなんて。

「ほら、早くここに名前を書け。今すぐ出しに行くぞ」

「えっ、今からですか?」

ちらっと壁掛け時計に視線を向ければ定時までまだあと三時間はある。

「早くっ!」

「あ、はい」

御子柴さんに急かされると私はデスクに転がっていたペンを手に取り、自分の名前を書く。けれどそういえば印鑑がない。

「ほら、コレ」

するとまたも御子柴さんの行動は私のはるか上を行っていて、いつの間に持ってきたのか私の印鑑を渡される。

「早く押す」

「……は、はい」

まさか私の印鑑までさり気なく持ってきていたとは。そんな御子柴さんのおかげで予備の婚姻届の欄を全て埋めることができた。それを御子柴さんが素早く手に取る。

「ほら、行くぞ」

「えっ、本当に今から行くんですか?」

「ああ」

婚姻届を持っていない方の手で私の手首を掴むと御子柴さんはずんずんと歩き出す。

「悟。雛子ちゃん。お幸せにね」

佐原さんの穏やかな声に見送られて、私と御子柴さんは事務所を後にした。

区役所へと続く道を歩きながらふと私の手を引いて歩く御子柴さんの大きな背中を見つめる。
< 299 / 300 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop