墜落的トキシック
◇
「仁科くん!」
放課後、下駄箱の前。
呼ばれた名前に、かろうじて足だけ止める。
振り向いたりはしない。必要ないから。
「あのっ、仁科くんって今好きな子、いる?」
「……」
それ、答える必要ある?
口を開くことすら面倒で、黙ったままでいると、女がもう一度言葉を重ねた。
「私、やっぱり仁科くんのことが好きで……諦められなくて、だから、その、付き合えたらいいなって」
震える声は緊張からだろうか。
振り向けば、そこで頬を赤らめているのだろうか。
一応想像してみるも、揺れない。微塵も。
揺れない、振れない、動かない。
どこがって、心が、だ。
何も感じない。
何も感じないんだから、表情筋も動くはずがない。
「付き合わないから」
「じゃ、じゃあ、友達から、とかなら……っ」
「そういうの興味ない」
何も感じないんだよ。
誰が頬を染めようが、喜ぼうが、悲しかろうが。
────こうなったのは、いつだったっけ。
ああ、あの日だ。
母親が父親を刺して、鮮血が散ったあの瞬間。
人間の感情っていうのは脆い。
俺のそれは、あの瞬間にいともたやすくぶっ壊れた。
糸がぷつん、と切れる音がして、それ以来心が動かなくなった。
誰が何をしようが、誰に何を思われようが、どうでもよくなった。
だって、別に俺には関係ない。
そう思った。
────彼女のことを除いては。