墜落的トキシック






「仁科くん!」



放課後、下駄箱の前。
呼ばれた名前に、かろうじて足だけ止める。

振り向いたりはしない。必要ないから。




「あのっ、仁科くんって今好きな子、いる?」

「……」



それ、答える必要ある?

口を開くことすら面倒で、黙ったままでいると、女がもう一度言葉を重ねた。



「私、やっぱり仁科くんのことが好きで……諦められなくて、だから、その、付き合えたらいいなって」



震える声は緊張からだろうか。
振り向けば、そこで頬を赤らめているのだろうか。



一応想像してみるも、揺れない。微塵も。
揺れない、振れない、動かない。



どこがって、心が、だ。
何も感じない。

何も感じないんだから、表情筋も動くはずがない。



「付き合わないから」

「じゃ、じゃあ、友達から、とかなら……っ」

「そういうの興味ない」




何も感じないんだよ。
誰が頬を染めようが、喜ぼうが、悲しかろうが。



────こうなったのは、いつだったっけ。



ああ、あの日だ。
母親が父親を刺して、鮮血が散ったあの瞬間。



人間の感情っていうのは脆い。
俺のそれは、あの瞬間にいともたやすくぶっ壊れた。



糸がぷつん、と切れる音がして、それ以来心が動かなくなった。
誰が何をしようが、誰に何を思われようが、どうでもよくなった。



だって、別に俺には関係ない。
そう思った。



────彼女のことを除いては。





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