氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
氷雨が束の間休息を摂っていると、朧は必ずその無防備な姿を見に行った。

一体誰なのか――何故自分だけ知らないのか意味が分からなかったけれど…一目惚れをしたと自覚していた。

この男はちゃんと床を敷いて眠らないことが多い。

いつ如何なる時にも朔のために俊敏に動くことができるようにと身構えている。

もし彼が守らなくてはいけない存在が女だったならば――この身は焦がれて灰になってしまうかもしれない。


「きれい…」


肌は透き通るように白いが、筋肉質で締まっているためひ弱な印象はなく、これも毎日氷雨を忘れて出会い、朧が氷雨に対して抱く感想のひとつだった。


「こら、悪戯しちゃ駄目だよ、せっかくよく眠ってるんだから」


「!て、天満兄様…」


若くして妻子を失った薄幸の兄が透き通る美貌に笑みを履きながらひそりと声をかけてくると、恥ずかしくなった朧はその場を離れて天満と手を繋ぎながら廊下を歩いた。


「あの方の好きな方ってどんな方なんですか?」


「んー、そうだね、美人だし気立ても良くて、料理も上手でとっても可愛いって言ってたよ」


「…ふうん…」


不穏な相槌にまた笑った天満は、懐から一通の文を取り出して朧に手渡した。


「どなたからですか?」


「如月だよ。話があるからそちらへ行くって書いてあるんだけど、なんだろう?」


「如月姉様!」


――正直如月といつどこで再会したのか、記憶はおぼろげなのだが、大好きな長姉が会いに来てくれるのは心から嬉しかった。


「いつ来てくれるんですか?今日?明日?明後日っ?」


「すぐだよ。客人が来るから料理を作りたいんだけど手伝ってくれるかい?」


「はいっ」


胸を弾ませながら台所に向かい、きゃっきゃと騒ぎながら料理を作った。

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