氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
如月は夫の泉と共に鬼陸奥にやって来た。

終始泉が如月の背に手をあてていて、何かを案じている風で気になったものの、大好きな姉の来訪に朧はすぐさま細い身体に抱き着きに行った。


「如月姉様、いらっしゃいませっ」


「おお可愛い私の妹、息災で良かったよ。そこの色白で髪の青い男には苛められなかっただろうね?」


「おい、俺はそんなことしたことねえ」


蟹歩きしながら不敵な笑みを浮かべている如月から距離を取ろうとした氷雨だったが――逃げられるわけがない。

おもむろに手を伸ばした如月は、氷雨の着物の襟首を掴んで引き寄せると、腰をいやらしい手つきで撫で回した。


「相変わらずいやらしい身体つきをしているなお前は」


「や、やめろぉ…っ」


「如ちゃん、そんなに興奮すると…」


「ふふ、分かっている」


玄関先でわいわいやっていると、朔と天満がくすくす笑いながら奥から出迎えに出て来た。

それを見るなり如月は氷雨を突き飛ばし、麗しの兄たちに深く頭を下げた。


「朔兄様…それに…天満兄様…お久しぶりでございます」


「うん、元気そうで良かった。相変わらず雪男をからかって遊んでるみたいだけど、程々にね」


ぽっと頬を赤らめた如月は――昔から天満に滅法弱い。

三男の天満はそのすぐ下の如月の面倒をよく見ていて、容赦なく叱ったり優しくしたり、非常に飴と鞭の使い方が上手かった。

故に如月が天満と雰囲気がよく似た泉と夫婦になったのも、合点がいく。


「如月、どうしたんだ?急用か?」


「いえ、急用というわけではないのですが…お伝えしたいことがあったので」


――如月と泉が顔を見合わせて笑い合った。

その様に朔たちは悪い知らせではないのだと安心して肩で息をついて奥を指した。


「長旅だっただろう、ゆっくり話そう」


泉はまだ終始如月に手を添えていた。

それは、吉報の何物でもなかった。
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