氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
涙ぐむ氷雨を抱きしめ、頭を撫でてやりながら、落ち着くのを待っていた。

自分の腹にこの男の子が宿っている――誇らしくもあり、愛しくもあり、自分の身体を大切にしようと思いつつ、鼻を啜った氷雨の首筋に顔を埋めた。


「朔兄様たち、喜んでくれるでしょうか」


「…そりゃもちろん。お前は末っ子で、兄姉たちと先代たちから一心に愛情を注がれて育ったんだ。これからはもっと大切にしないと…」


腹に手をあてた氷雨がようやく顔を上げると、朧はその手に手を重ねて目を閉じた。


「私は記憶を取り戻したい。あなたと過ごした日々を取り戻したいです。望のことも気になるし、お腹の赤ちゃんも…」


「待った待った、俺に任せろ。お前は何も心配しなくていいから、身体を大切にしてくれ」


ふふっと笑った朧は、やわらかく抱きしめてくれる氷雨の腕の中で、腹の子の未来を想像してみた。


「男の子でしょうか、女の子でしょうか。どっちにしても氷雨さんに似てるといいな」


「女は嫁に出さないといけないから、できれば男希望で。お前に似てる女だったら男共が押し寄せて俺が大変なことになる」


真顔が言ってのけた氷雨と朝までだらだら床の中で過ごした。

そうしていると部屋の襖が開き、いつの間に戻って来ていたのか朔が入って来て驚いた氷雨が慌てて飛び起きた。


「主さま!?やべ、もう朝か」


「そのままでいい。お祖父様から話を聞いた。…良かったな」


その‟良かったな”に万感の思いが込められていた。

元々壮絶な美しさを持ち合わせている朔の心からの笑顔に胸が熱くなった氷雨は、また泣きそうになって俯いて目を閉じた。


「ん、ありがとう。でも何も終わってない。やる気だけはめっちゃ出たけどな」


「父様もきっと喜んで下さる。早く済ませて帰ろう」


――朔兄様、と嬉しそうに声をかけてきた朧の頭を優しく撫でた。

氷雨と朧の子が産まれる――

最高の知らせだった。
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