氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
望のせいでこんな事態に陥ったというのに、朧は何ら恨み言を零さなかった。

口に出さないだけで望に不平があった氷雨だったが、朧がそういう姿勢だったため、晴明に煎じてもらった薬を飲ませながら問うてみた。


「さっきは晴明に遮られたけど、望のこと今後はどうするつもりだよ」


「私は一緒に居たいですけど…家族で話し合わないと」


「そうだな、先代を説き伏せないとだけど、そこは息吹がうまくやってくれる」


――息吹、と親しげに呼んだその声色に敏感に反応した朧は、床から這い出て傍に座っていた氷雨の膝に爪を立てた。


「痛い!」


「私の母様と過去に何かあったんですか?ま、まさか好きだったんじゃ…」


「あー、えーと、なんていうか、まあ過去っていうか…」


歯切れが悪く目を泳がせている氷雨の胸を強く押して無理矢理押し倒した後馬乗りになった朧は、切れ長の美しい黒瞳を嫉妬の炎でぎらつかせて氷雨の首に手をかけた。


「話さないと許さないんだから!」


「話します!話すからあんま興奮しないで…」


まだ妊娠初期の朧を労わりたい氷雨がすぐ音を上げると、朧は満足したものの母とただならぬ関係にあったかもしれない疑惑を晴らしてもらうべく睨み続けた。


「長いぞ、すっごく長い話だぞ」


「短いとか長いとか関係ありません。さあ、早く話して!」


「だ、だから落ち着いて…」


男としての威厳、全く無し。

馬乗りにされたまま降参するように手を挙げて話し始めた。

命を賭けてでも守ろうとした物語を。
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