氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
それは氷雨が語った通り、とても長い長い物語だった。

母を――息吹のことをとても好きで、命までも投げ打ってその心に…記憶に遺ろうとしたことは、遂げられぬ想いの最終手段だったのだろう。

妖は好いた相手を一心に慕う。

氷雨も例外に漏れず本能に従って求めた結果、間一髪晴明の術が間に合って雪の塊となってしばらく氷室で過ごすこととなったこと――

最初はその物語を睨みながら聞いていた朧だったが、氷雨は淡々と語ったものの、きっとそれは間違いなく激しく身も心も焦げそうな恋だったのだろうと容易に想像ができた。


「…というわけでした。ま、俺もしばらくの間は言い寄ってたけど、お前らが産まれてからそんな時間なくなってさ。何にしても息吹の心に付け入る隙は全くなかったってわけ」


「…」


「ちょ…黙られるのめっちゃ怖いんですけど」


「…分かりました」


「そ、そうか?いやだからこれは過去の話であって息吹は俺を無視同然だったし、だから…」


正座して話を聞いていた朧は、床に戻って身体を横たえると、氷雨に背を向けた。

過去の話と分かっていてもどうしても嫉妬はしてしまう。

自分はどうやってこの男の心を射止めたのだろうか?

その記憶が一切ないことがとても悔やまれて、情けなかった。


「朧、でも俺はお前の心に打たれたし、いつの間にか俺も惚れてた。それを疑わないでくれ。お前のためなら何度だってこの命投げ打ってもいいんだ」


「…やめて下さい。氷雨さんは一生私と一緒に居て添い遂げてもらいます」


「や、もちろんそのつもりだけど」


朧の隣に潜り込んだ氷雨は、背中から抱きしめて耳元で囁いた。


「俺の夢は、先代と息吹みたく子沢山になって幸せになることなんだ。だからそのつもりでいろよ」


「…す、助平」


はははと笑い声を上げた氷雨は、寝返りを打ってこちらを向いた朧の額に口付けをして目を閉じた。

揺らぎない想いは永遠に。

この想いを永遠に。
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