氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
伊能から文が届き、泉の復旧の目途がついたと書かれてあった。

朔は当主として、兄として、現在妊娠している如月と朧を慮って幽玄町の屋敷に戻るよう勧めたのだが――ふたりは頑としてそれを受け入れなかった。


「うちの妹たちには困ったものだな」


「だけど激甘な主さまのことだから無理矢理連れ戻すようなことはしないんだろ?」


「当然だ。俺の予想ではそろそろ望の父を思しき者が姿を見せる。伊能が望を抱えて泉に入る瞬間が一番危険だ」


如月と朧には控えてもらい、男たちだけで集まって話し合いが行われていた。

伊能の報告だと泉には再び水が戻ってきて明日には身体を浸せる状態になるだろうとのことで、朔は明日全てを終わらせるつもりでいた。


「大体主さまはこう見えて血の気が多くて好戦的だから、独断で突っ走って泉に近付くような真似は絶対やめろよ。絶対だぞ、絶対」


「お前は何度念押しするつもりなんだ?泉に落ちてしまったらただの人になるとでも?」


「そういう懸念があるってこと。主さまたちと同じ半妖の望を浸してみれば分かる。晴明、判断は頼んだぞ」


「相分かった」


望がただの人になってしまった場合の判断は晴明に委ねていた。

今も天満の家の外には何かしらの気配があるものの、相変わらず様子を窺われているだけ。

過去に小さな油断をして妻子を失った天満は同じ轍を二度と踏まぬよう警戒を怠らないし、気配に敏感な晴明やどんな音でも聞き逃さない大きな耳を持っている銀も居る。


「どうせ朧はお前から離れがらないだろうから連れていくことになるだろう。だからお前は俺の警護より朧を守れ」


「了解。主さま、絶対無茶はするなよ。絶対だぞ、絶対」


「だから何度…」


超心配性な氷雨の言いつけに朔はげんなり。

しかしその小言は翌日までずっと続いた。
< 217 / 281 >

この作品をシェア

pagetop