氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
傷みが全くないため、一体自分がどういう状況なのか理解できないでいる朧は、床に寝かされてばたばた走り回っている山姫や傍に居る氷雨や晴明、朔の顔を順番に見ていた。


「これがお産なの…?」


「いや、通常のお産とは違うけど…大丈夫だぞ、祝福してくれるって言うんなら絶対大丈夫だ」


「氷雨さん、あれは誰の声…?」


「はっきりとは分かんねえけど、悪いものじゃない。心配するな」


努めて笑顔でそう言いつつも、氷雨は晴明の顔色を窺っていた。

晴明は雪が降り注ぐ庭を見遣り、朧の脚元でもうかなり下りてきているであろう子の誕生を待っていた。


「朧、力むことはできるかい?もうそこまで来ているよ」


「た、多分…」


「頑張れ朧」


――産まれる。

腹の中で十月も大切に育ててきた氷雨との子。

幼い頃からどうすればこの男を手に入れることができるのか――そればかり考えて、何も手に付けられない位夢中になった男との間に産まれる子。


「んん…っ」


強く力んだ。

相変わらず痛みは全くなかったけれど、腹がぼこりと動いてさらに下の方へ下りたのを感じた。


「頭が見えて来たよ、もうすぐだ」


お産の痛みがあるからこそ母になったという実感が生まれるのだと息吹から聞いていたが、こんなことで実感できるのだろうかと思った時――また声が聞こえた。


『痛い方がいいとは、変な子だ。望みならそうしてあげよう』


――すると、突然激痛が下腹部を襲い、一気に脂汗が浮かんで呻き声が漏れた。

これが、お産の痛み。

皆こうして、母となる。


「赤、ちゃん…!」


また強く力んだ。

そして――

足元で聞こえた元気な産声に、皆が全開の笑顔となって、その子は産まれた。
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