氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
ひとしきり風呂で天満と騒いだ朔は、居間に戻って机の上に並べられた料理に笑った。


「美味そうだな」


「半分は天満兄様が事前に用意して下さったお料理です。あ、お師匠様のはちゃんと冷ましてありますからね」


氷雨よりかなり年下で幼妻と言っても過言ではない朧が世話を焼いている様は本当に初々しくも可愛らしくて、妹馬鹿な兄ふたりがにやにやしそうになる顔をなんとか引き締めて炬燵に入ると、席を移動した朧は朔と天満の間に挟まって上機嫌。


「あれ、雪男の隣じゃなくていいの?」


「だって天満兄様とは滅多に会えないんだもの。今日位…」


「おー、可愛がってもらえ。ほい、今日はご苦労さん」


朧以外で盃を軽く打ち合わせた氷雨は、頬を膨らましている朧にびしっと指を差した。


「お前は駄目だからな!酒を飲んだせいでどんだけ大騒ぎになったと思ってんだ!」


――夫婦になる前、焔と朧の間で勃発した盛大な勘違いは、酒を飲んだことから始まった。

酒を飲んで酩酊しなければあんな大騒ぎにはならなかったし、もっと早く夫婦になれたと思うとどうしてもそこを悔やんでしまう氷雨は、自身の目の届く所でしか朧に酒を飲ませていない。

今も目が届くと言えば届くのだが…

朧とてあの一件を忘れているわけではなく、反論せず唇を尖らせていると――天満が吹き出した。


「ごめん、もう限界。君たちは本当お似合いの夫婦だね」


「尻に敷かれないよう必死だっつーの」


「僕らは雪男が母様につらい恋をしてた印象がすごく強いから、まさかこんな日が来るなんてって感じだよ」


「あ、あの、その話やめて…」


氷雨が止めたものの――もう遅かった。

その話は夫婦間では禁忌とされている話題で、さらに頬が膨れた朧は、朔の盃を奪ってぐいっと豪快に飲み干した。


「どうせ!私は!母様みたいに可愛くないですよーだ!」


「ああああ…朧…おち、落ち着いて…」


「お前が落ち着け」


朔にひそりと笑われて、変な汗が止まらなくなった氷雨、窮地。

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