氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
酒に滅法弱い朧は――もちろん酔っ払って目をとろんとさせながら身体をゆらゆら揺らしていた。

右に左に朔と天満にもたれかかり、兄たちはそうされる度にくすくす笑っていたが…氷雨は気が気でなかった。


「お、朧、お前寝た方がいいぞ?」


「やーだー。ふふふ…お師匠様…ふふふふふ」


「な、なんだよその含み笑い。寝た方がいいって言ってるだろ?」


「お師匠様ぁ…私ねえ…お師匠様の手が…だーい好きっ」


「…手…?」


朔と天満の視線が氷雨の手にじっと注がれると、思わず炬燵の中に手を引っ込めた氷雨は、朧が何を口走るか冷や冷やして腰を浮かした。


「俺、朧を寝かしつけて来…」


「雪男の手は刀を握る手にしては確かにきれいだよね。朧、今くらいのろけてもいいよ」


「ふふふふ…お師匠様が戦ってる時…周りが白く輝いてて…きらきらしてて…すっごいきれいでー…」


「あの、やめて…ほんとやめて…なんかすっげえ恥ずかしい…」


氷雨がおどおどすると、朔と天満はにたりと笑って朧の頭を代わる代わる撫でた。


「それで?」


「それでねー…お師匠様…言葉攻めがすごくて…ふふふふふ…」


「ちょ、朧さん!?変なこと口走るのはやめなさい!」


思わず変な口調になってしまった氷雨は、また朔と天満の視線を一心に浴びて、両手で顔を覆って机に突っ伏した。


「やめて!見ないで!」


「朧、もっと詳しく」


「ちょうだい、その話の詳細ちょうだい!」


「さっきもね、お師匠様ったらお風呂で…」


「ほ、ほら朧!これぐいっと飲んで!俺が注いでやるから!」


身を乗り出した氷雨が朧に盃を持たせて酒を注ぐと、朧はそれを気分よく飲み干して――後ろ向きにばたんと倒れ込んで寝てしまった。


「あーあ、これからが楽しいとこだったのに」


「言葉攻め…風呂で…手がきれいで…?」


「そこ!想像するのやめろ!俺朧寝かせて来るから、お前たちも早く寝ろよな!」


朧を抱き上げてあたふたと退散しようとした所に、朔の鶴の一声。


「戻って来いよ、詳細を話してもらうからな」


「えええ…っ?いや、勘弁…」


凄まれて睨まれて――氷雨の受難は長く続いた。
< 32 / 281 >

この作品をシェア

pagetop