氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
天満は兄弟の中でも随一の聞き上手だ。

朔は家業を継がなくてはならず、十六夜や氷雨から帝王学を習わなければならないため多忙で、次男の輝夜は幼い頃に出奔してから不在――

そして三男の天満は下の弟妹たちの世話をしてきたため、彼らからの信頼はとても厚かった。


「それでね、あのねっ」


氷雨は朧と天満が話しているのを縁側で寝転びながら本を読んでいた。

話の内容は、自分たちが夫婦になるまでのつらく険しい道のりで、朧からの文でしかその状況を知らなかった天満は口を挟まずずっとにこにこして聞いていた。

最初は本を読んでいた氷雨だったが…途中からは顔に本を被せて寝ているふりをしながら、朧が時折声を詰まらせながら話しているのを聞いていた。

…焔と一夜を共にしてしまったかもしれない――そして子を孕んでしまったかもしれない、と独りで悩んで苦しんで、屋敷を出て逃げ続けた日々を語る朧は、とうとう涙を零して泣いてしまい、天満に背中を摩ってもらっていた。


「つらかったけれど、朧は雪男を諦めきれなかったんだね」


「だって…小さな時から本当に好きだったんです。私、どこかでお師匠様は私のことを許してくれるかもしれないって思ってました。でもお師匠様が百鬼を抜けると言って屋敷を出た時、私…」


「捨てられた…と思った?」


「…はい…。だからお師匠様に触れるのがとても怖くて…心が離れたら冷たく感じちゃうんです。もし冷たかったらって思うと…」


「……」


そこで氷雨も耐えられなくなった。

あの時の気持ちを思い出すと氷雨自身もとてもつらく、咳ばらいをすると朧が話すのをやめてこちらをじっとみているのを感じた。


「あー、なんか喉が渇いたかも」


「お茶淹れてきますね」


見られないように袖で涙を拭っていたのが見えた。

朧が台所に消えると、天満が儚くふっと微笑んで声を潜めた。


「愛されてるね。いや、大切な妹なんだから今後ずっと愛してもらわないと困るんだけどね」


「んなの言われなくてもそうする。…朧はさ、何かと言っては俺に触れたがるんだ。温かいっていうだけで幸せなんだって言われた」


「はいはいご馳走様。万が一冷たくなったりしたら…僕が熱湯かけに行くからね」


「こわっ!」


氷雨も天満と話せて嬉しかった。

天満もまた、我が子と言っても過言ではないほど慈しんで育てたのだから。
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