氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
宿屋は混浴がないため、氷雨と朧は別々に風呂に入った。

先に部屋に戻って来た氷雨は勝手に押入れを開けて一組布団を敷くと、ごろんと寝転んで高い天井を見上げてだらだらしていた。


「あー、こんなゆっくりした時間過ごしていいのかな」


今頃朔は百鬼夜行に出て戦っているというのに、自分は屋敷の守りもせずこんな悠長な時を過ごしていいのかと思うとなんとなく気が焦ってむくりと起き上がって髪をがりがりかいた。


「戻ろうかな…今出たら丑三つ時には着くからそれで…」


「お風呂頂きましたー」


頬を桜色に染めた朧が戻ると、難しい顔をしている氷雨にすぐ気付いて手拭いで髪を拭きながら傍に座った。


「お師匠様…?」


「あーいや、なんでもない」


「なんでもないって顔してませんよ?なんですか?」


追及され、こういう時決して曲がらない朧の性格を知っている氷雨は、ごにょごにょと小さな声で幽玄町に戻ろうかと思うと打ち明けた。


「…お師匠様がそうしたいなら…」


そうは言ったものの、あまりないふたりきりの時を楽しみにしていた朧が落胆の色を浮かべつつそれをきれいに消して微笑んだのを見た氷雨は、あまりに自分勝手な感情で朧を悲しませたことを後悔してぎゅっと抱きしめた。


「ごめん、主さまがくれた暇だった。やっぱふたりでゆっくり過ごそうぜ」


「いい…の?」


「いいって。俺もいつかは百鬼抜けて隠居する時が来るんだろうし、今のうちに慣れとかないとな」


いずれは百鬼を抜けて、現在長女の如月(きさらぎ)がやっている裏方の総統を引き継ぐことになっている。

ただしまだそうするには戦闘において熱く滾る血潮が漲っている限りは、朔の子や、またその子の代まで見守りたいと思っていた。


「ほら、ちゃんと髪拭かないとこっちは寒いんだから冷えるぞ」


「その時はお師匠様が温めて下さ…きゃーっ」


言っている傍から朧をむぎゅむぎゅ抱きしめていると、出入り口の襖から番頭の声が聞こえた。


「来た来た」


お待ちかねの時間だ。
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