氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
朧の兄姉たちは妻子を亡くした天満を除き皆所帯を持って各地に散らばっていた。

その中でも幼いうちに強制的に嫁がされて家を出された如月は一時期父母を心から嫌いになった時期がある。

今回その原因となった氷雨が所帯を持ったことで如月の今までの行いは免責とされて幽玄町の屋敷に帰ることができたのは――いつぶりだろうか…如月自身ももう覚えていない。


「ふむ、つまり私に教えを請いに来たと?」


「まあ…教えっつうか、俺もいつかは表舞台から去る時が来るわけだし、裏方に回ればお前の負担も減るだろうし」


「ほう、私の心配をしてくれるわけか、愛い奴」


…何かと言っては愛でられる対象の氷雨は、上座の如月と目を合わせることができずに何度もちらちら隣の朧の様子を窺っていた。

朧は今まで氷雨が苦労してきたことをあまり知らないため、終始にこにこ。

眼前の泉も終始にこにこしていて、氷雨だけが蛇に睨まれた蛙状態で固まっていた。


「数日滞在すると言ったが、数日で完璧に教えられる量じゃない。一ヶ月ほど滞在するがいい」


「いやそれは駄目だ。なるべく早く主さまのとこに戻らないと、主さまが暴走した時誰が止めるんだよ」


朔は時折手が付けられないほど攻撃的になることがあるため、そういう時は氷雨が毎回間に入って落ち着かせる。

その予兆はなくあまりにも突然なため、自分が居ない間よく注意していてほしいと十六夜と息吹に頼むほど。


「私の敬愛する兄が貴様一匹が居ないだけで精神崩壊すると言うのか?笑えない冗談はやめておけ」


「いやそうじゃねえよ、俺が居なくてもちゃんとやっていけるだろうけど、俺が長い間離れるのが嫌だって話」


如月が腕を組んでにたりと笑うと、ぞっとした氷雨は思わず朧の袖を握って恐怖に耐えた。


「愛い。貴様、愛いぞ」


「如ちゃあん、雪男くんに屋敷を案内したいんだけどいいかなあ」


泉の間延びした問いかけに如月、いらり。


「今は私が話しているだろうが!」


「僕だって雪男くんと話したいもん」


夫婦喧嘩が始まり、矛先が自分から泉に移ったことで心底ほっとした氷雨は、ちゃんと生きて帰れるだろうかと我が身を心配しながら朧の袖を握り続けた。
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