氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
それは幼い泉と如月が出会った時からの話だった。


「確か最初に文が来て、如月を嫁さんに欲しいって書いてあったのは覚えてるぜ」


「そうなんだ。僕は身体が弱くて一人っ子で、鬼頭家の娘さんならきっと強くて丈夫な子を産んでくれるだろうからってことでね。僕は気乗りしなかったんだけど」


すでにその時如月は氷雨に懸想していて毎日追いかけ回しては困らせて、先代は家から如月を出さなくてはと思っていたところだった。

十六夜はすぐに一度会いに来いと返事を出した数週間後――泉は父親と共に幽玄町にやって来た。

その時の如月の顔といったら――


「すごくむっとしてた」


「ああ、あれはかなり怒ってたな。俺…すごく八つ当たりされた…」


「でも僕はとても気の強い娘だなって思いはしたけど、一目惚れだったよ。なんとしてもお嫁さんに欲しいなって思ったんだ」


――泉はやはりぽやっとしているだけではなく、ちゃんと意思を持っていてしかも如月をねじ伏せるほどの度量がある。

氷雨は泉の話に引き込まれてがばがば酒を飲み続けていた。


「それで?」


「一旦話を進めるのを待ってほしいって言われたんだけど、その時何かあった?」


「あー…もしかしたら俺が止めたせいかも。如月の意思じゃなくて嫁がせるのは反対だって先代に食ってかかったことがあるから」


「なるほど、雪男くんは優しいんだね。それでもうこの話は無理かなって思ったんだけど、しばらくしてからやっぱり嫁がせるって話になって…」


思わず渋い表情になった。

幼い如月に好意を寄せられて、それを真に受けず冗談だとずっと思い続けてきた氷雨だったが、覚悟をもって夜這いに来られた時――その覚悟に全身血の気が引いたのを覚えている。


「…あの出来事があってすぐ、先代は如月を嫁に出すことを決めた。なんかこんな話…お前にするのおかしいよな」


「いや、僕はなんでも知りたいよ。如ちゃんはあまり語りたがらないから」


氷雨にとって如月という存在は娘のようであり妹のようであり…家族だった。

だからこそ――

あの時の衝撃は、悲しみは…

その身を貫かんばかりにつらく、苦しいものだった。
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