氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「さすがに貴様は要領が良い。これだと数日で教え終える」


「それはありがたいんだけどさ、一応俺たち新婚旅行に来てんだからちょっと能登を見て回りたいんだけど」


「それは構わん。その代わり貴様の空いた時間全てを使って叩き込んでやる」


新しいことを覚えるのは楽しいし、幼い頃連れ去られるようにして居なくなった如月をずっと案じていた氷雨は、豪快に酒を呷りながら笑った。

氷雨にかつて惚れていた如月や現在進行形で惚れている朧は、なんとも言えない妖艶な雰囲気を放つ氷雨についごくりと喉を鳴らした。


「雪男くん雪男くん、このままじゃ喉笛に噛みつかれちゃうよ」


「は?なんで?」


姉妹が肩を並べて座り、屋敷の守りから解放されてつい酒が進んでしまう氷雨がきょとんとすると――姉妹がじっと手に視線を注いでいることに気付いた。


「相変わらずいやらしい手だな」


「そうなんです、氷雨さん手がすっっごくきれいだからつい見ちゃう」


「あの…ふたりして性的な目で俺の手を見ないでくんない?」


如月が唇を吊り上げて笑ったためぞっとした氷雨が座ったまま後退りすると、すくっと立ち上がった如月は床の間に飾ってあった刀をむんずと掴んで鞘を放り投げた。


「お、おい…何すんだよ」


「久々に貴様と戦いたくなった。付き合え」


拒否する間もなく振り下ろされた刀が目の前の畳に食い込むと、目が据わった如月の愉悦に染まった切れ長の目を見て本気だと察した氷雨は、被害が出ないよう後退りしながら庭に下りた。


「お前も俺の弟子なんだから、師匠の俺に勝てるわけないんだけど」


「いいや、あれから私も研鑽を積んできた。ひと太刀は浴びせられる自信がある」


「氷雨さん!頑張って!」


「如ちゃん、頑張れー」


…誰も止めてくれない。

ため息をついた氷雨は、飲みすぎて火照った身体を冷やすのにちょうどいいと思い直して右手に雪月花を顕現させた。


白く、かつ虹色に発光する雪月花。

幼い頃はこの美しき刀を見せてもらいたくて何度も駄々をこねた。


「ふっ、相変わらず美しい」


庭で師弟が睨み合った。
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