氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
如月は昔からしなやかさにおいては超一流だった。

身のこなしは華麗でいて美しく、如月が本当に幼い頃しか指南できなかったけれど、特筆すべきものだった。


「お前速いもんな。気を抜くとすぐ…うおっと!」


余裕しゃくしゃくで話しているうちに空気が動いた気配で雪月花を頭上に掲げた氷雨は、空から降ってきた如月の斬撃を受け止めて火花を散らした。


「はやっ!」


「貴様は私が小さかった頃しか知らないだろう?私はな、大きくなったんだ。速くもなり、美しくもなった。いつかはお前を超えてやろうと思ってな!」


氷雨の中では如月はいつまで経っても小さいままだった。

決して泣かず、弱音を吐かず、小さな身体で歯を食いしばってあらゆることに抵抗しては意思を曲げなかった。

だが目の前の如月は背がとても伸びて、顔立ちもぐっと大人っぽく――いや、先代の女版と言っても過言ではない冷淡な美貌で教え込んだ刀捌きをひとつひとつ再現して打ち込んで来る。

弟子は師を超えることはできないけれど、師は弟子を認めることはできる。

――氷雨と如月が何度も打ち合い、その度に鍔迫り合いをしながら至近距離で睨み合う姿は壮絶に美しく、朧は拳を握り締めて前のめりになって見ていた。


「教えられたことはひとつも忘れていない。…貴様…何故にやにやしているんだ!」


「いやあ、弟子の成長を喜んでんだよ。女だからって甘やかした覚えはねえけど、強くなったな。心も身体も」


「貴様の背中を追い続けることをやめて以来私は己の技を磨くべく鍛錬に励んだのだ。だからもっと褒めろ!」


怒涛の如く打ち込まれて焦りつつも溢れんばかりの氷雨の笑みに気が散った如月は、泉を目の端でちらりと捉えてだらりと腕を下げた。


「今日はこの辺にしておいてやろう」


「今日はって…明日もやるのかよ…」


「好きなだけ滞在させてやる代わりに私に付き合え。朧、今日も私と寝るだろう?」


「はいっ」


「はいはい…」


朧と寝ることを諦めた氷雨は、雪月花を消して泉の肩を馴れ馴れしく抱いた。


「じゃあ俺たちは俺たちでまた色々話そうぜ」


「いいねえ」


新婚旅行なのに、まるで新婚旅行ではない――

だがふたりは満足して、別々の部屋に向かった。
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