氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「はっ!やべ…っ、寝過ごした!」


ここ最近頻繁に寝過ごしてしまっていた氷雨は、慌てて飛び起きると、手で寝ぐせの付いた髪を整えて部屋を飛び出た。

朔が百鬼夜行から帰って来ると少し話をして別れてから数時間寝るのだが――朧と夫婦になってから寝過ごすことが多い。

ひとりで寝るよりふたりで寝た方が断然心が落ち着いて幸せな気分になるため、朧を手放せず抱きしめて寝ていることが多い。

だが…

氷雨としては朔の側近である以上、朔よりも先に起きて百鬼夜行の準備を整えておくことが仕事のうちのひとつ。


「主さまごめん!寝過ごした!」


「…いや、別にいいけど」


そう言った割には間を置いた言い方をしてちろりと見上げて来た朔の隣に座った氷雨は、心底から反省して自身の頬を叩いた。


「ほんとごめん…気を付けるよ」


「新婚なんだから見逃してやる。それよりお前、新婚旅行は考えてないのか?」


「は?俺が?なんで?ここから離れられるわけねえじゃん」


この屋敷には秘密があり、先代の十六夜からそれを打ち明けられてから屋敷の留守番役としてずっと守り続けていた氷雨は、朔から突然妙なことを言われて目を見開いた。


「お前に付き合わされてここに居て新婚旅行に行きたいと言えない妹が可哀想だ。数日やるからふたりでどこかに行って来い」


「え…朧…そんなこと言ってたのか?」


――朔は厚意でそう言ってくれているのだと分かってはいた。

だが…

まるで‟お前は要らない”と言われたような気分になった氷雨がどこか途方に暮れた顔をしていると、朔は氷雨の頭に手刀を振り下ろした。


「勘ぐるな。いいか、待って数日だぞ。それ以上はやれない。それ以上は俺が寂……なんでもない」


「寂…なんだってえ?もしかして今寂しいって言…いって!」


再び結構な力で手刀を振り下ろされて悶絶していると、昼餉の準備をしていた朧がひょこっと顔を出した。


「あ、お師匠様おはようございます。…どうしたの?」


氷雨はにこにこ、朔はにやにや。

朧はますます訳が分からなくなって、首を捻りっぱなし。
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