氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
朔は考え込むふりをしていた。

氷雨にしばらく滞在していかないかと言われてそれを素直に喜ぶと童のようだとからかわれるのがいやで、腕を組んで宙を見つめていた。


「今日はとりあえずここから百鬼夜行出ればいいじゃん。幽玄町と能登は目と鼻の先なんだし百鬼も何も言わねえよ。な?」


「だが如月たちに迷惑が…」


「朔兄様!迷惑だなんてこれっぽっちも!何日でも何年でも滞在していって下さい!」


きらきらした目で引き留める如月と氷雨、そして袖を握ってきてにこにこしている朧を拒否することもできず、また元々する気もなかった朔は、はにかんで朧の頭を撫でた。


「分かった。何日言われるか分からないが…」


「それでもいいです!氷雨さん、やりましたね!」


――氷雨。

常日頃氷雨を‟お師匠様”と呼んでいる朧が真名で呼んでいることにまたはにかんだ朔は、ゆっくり立ち上がってくいっと顎を引いた。


「百鬼夜行の準備をする」


「了解。如月、お前も手伝うか?」


「!いいのか!?朔兄様、お手伝いいたします!」


朧としては氷雨とのふたりきりの時間が減ったわけだが、氷雨が時々手持無沙汰になっているような気がしていたため、仕事中毒病の夫の意図を汲んで皆に手を振った。


「私はもうちょっとお世話していたいからここに居ます。また後で合流しますね」


すやすや寝ている赤子を我が子だと仮定してみると、ますます可愛く見えて、様子を見にやって来た赤子の実母に腕に抱いた赤子を見せた。


「ぐっすり寝てます。お身体は休まりましたか?」


「ええ、おかげさまで…ありがとうございます」


「あの、私…その…」


しっかり赤子を抱いている朧を見つめた女中は、朧が本当に愛しんでくれていることが嬉しくて、傍に座って朧に頭を下げた。


「よろしければこうしてまた預かって下さいますか?」


「え!?いいんですか!?」


思わず弾んだ声を出してしまった朧は、頬を赤らめて逆に女中に頭を下げた。

そしてふたりできゃっきゃと明るい声を上げて夜を迎えた。
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