バレンタイン・ストーリーズ
「どうも。開けるぞ」

蓮見はふふんと笑って、すぐにリボンをほどいた。

中から出てきたのは、チョコレートマフィンだ。
蓮見はあまり甘いものが好きそうではないので、生チョコやガトーショコラだと甘すぎるかなと考えて、甘さを調節しやすいマフィンにした。

「ふうん、まあまあ上手く焼けてるじゃないか」

偉そうに感想をのべて、蓮見があたまからかぶりついた。
私はどきどきしながら反応をうかがう。味見もちゃんとしたし、いちばん見た目がきれいに焼けたものを選んだけど、舌の肥えた蓮見に食べさせるというのはやっぱり緊張する。

「ど……どう?」

思わず訊ねると、蓮見はもぐもぐと口を動かしながら眉をひそめた。

「うーん……なんかパサパサしてんな。味は悪くないけど」

がんっと鈍器で殴られたような感覚。
予想してはいたけど、なんだその答えは!
彼女の手作りのお菓子をもらったら、まずは「ありがとう、おいしい」でしょうが!

「そういうお菓子なの! てか、作ってもらっといてそう言うこと言う!? 普通!」

半泣きになりながら言うと、蓮見はやっぱり首をひねりながら、平然と続けた。

「俺はもっと上品でしっとりしたやつがいい」

私はもはや悲しむどころか唖然としてしまう。

「なんてワガママなの……!?」

すると蓮見がにやりと笑って答えた。

「だって、これから先もずっと、一生自分の好みじゃない味食わされ続けたら、たまったもんじゃないだろうが。だから前もって俺の好みを教えておいてやろうと思ってな」

なぜか妙に嬉しそうな表情に、私の中で、ぶちっ、と何かが切れる音がした。

「あーもう! 蓮見って本当にデリカシーない! 無神経! 最低! もう二度と作ってやらないから!!」

怒りをぶつけるように言うと、蓮見が、口をひん曲げて不服そうな表情をした。

「おい。一生、ってとこに引っかかれよ」
「……へっ。えっ?」

私は呆然としながら蓮見の言葉を反芻する。

『これから先もずっと』? 『一生』?

「………えっ、えっ、え? それって、どういう……えっ、まさか?」
「……ほんっと鈍いやつだな」

蓮見が捨てゼリフのように言って、ちらりと笑ってから踵を返した。そのまま駅に向かって歩いていく。
私は慌てて追いかけながら叫んだ。

「ちょっ、待ってよ蓮見! ちゃんと分かるように説明しなさいよ!」
「俺はそんな親切じゃねーよ、バーカ」

半分だけ振り向いてにやにやしながら答えた蓮見の頬に、いつになく色があるように見えるのは、さすがに私の気のせい……だろう。

《完》

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