恋する耳たぶ
「お化粧落ちちゃいますから、ちょっと我慢しましょうね~」
……ああ、そうだった。
早起きして、準備した今朝からの数時間……さらに最初の打ち合わせからの数か月…が怒涛のように思い出され、感動でいっぱいになっていた私の頭の中が一気に冷えていく。
そうだ、この日のために私と匡さんが……ついでに言えば、この関係者の皆さんも…どれだけの時間を費やし、頭を悩ませてきたことか…
しかも、今日はその当日でさえないリハーサル、というか、前撮りの日。
このドレス姿だけで胸がいっぱいになっている場合じゃないのだ。
スケジュールはぎっしり詰まっているのだから、私の涙なんかで時間を無駄にはできない。
私はキュッと目尻に力を入れ、心配そうに見下ろしている匡さんを見上げる。
「匡さん、行きましょう」
「……急に目つきが変わったけど、今の一瞬で一体なにが?」
「これまでの時間と労力を思い出して、気合を入れただけです」
「ああ……それね」
一瞬、遠い目をした匡さんは、ふっと苦笑して、指先で少しずれていた眼鏡を持ち上げた。
「紬未ちゃんて、今みたいに急に頼もしくなる時あるよね」