人魚姫の涙
日本ではありえない様な強烈な朝の挨拶に思考回路が停止する。

それでも、海外生活が長かったであろう紗羅にとっては普通のようで、顔を真っ赤にして固まる俺を見て不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの? 成也、顔真っ赤だよ?」

「――別に」

「そう? それより、朝ご飯できてるよ!」


恥ずかしさを悟られないように素っ気無く言葉を落とした俺を気に留める事なく、紗羅はニッコリと微笑んで、またキッチンへと去って行った。

フワフワの栗色の髪が揺れる様子を、夢見心地で見つめる。


――…昨日、まるで彗星の如く現れた幼馴染の紗羅。

あまりにも突然の事で夢の続きなんじゃないかと思っていたけど、どうやら現実に起こっている出来事らしい。

何十年ぶりかの再会に未だ戸惑うけれど、どうやら紗羅はそうでもないらしい。

まるで空白の時間など無かったかのように、あの頃のまま俺に接している。


本当はどう思っているか知らないけど、まだ完璧な大人になりきってない俺はそう簡単にはいかなかった。

俺の記憶の中の紗羅は、小さい泣き虫の女の子のままだから。

だから、今目の前にいるのが間違いなく紗羅だとしても、心のどこかがちぐはぐだった。

普通にしていろ、という方が無理な話で、どう接していいかなんて分からなかった。





「紗羅ちゃん、今日の予定は?」


ニコニコと嬉しそうに朝食を頬張る紗羅に、母さんも嬉しそうにそう問いかけた。


「ん~まだ決まってない」

「そう。本当は久しぶりに一緒にどこか回りたかったけど、どうしても仕事が休めなくてね。ゴメンね」

「そんな事気にしないで。全然平気だから」


母さんと楽しそうに会話している紗羅を、パンを頬張りながら盗み見る。

朝日を浴びて微笑む紗羅は、本当に綺麗で魅入ってしまいそうになる。
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