【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ハヤセミが、ごくりと喉を鳴らしたのが分かった。
脅すように存在感を示している剣、弥依彦、そして翠を見つめた後、その口がゆっくりと開く。

「……承知、致しました」

忌々し気に眼を細めて、しかし間違いなくそう言った。

翠は言葉を返さなかった。
だが、僅かに頷くような仕草を見せると、刃を突き立て俯いたまま、静かに息を吐いた。


3度。たった3度だけ、翠は深呼吸した。

しなやかな背中が緩く上下して、そして次に翠が口を開いた時、その声は信じられない程に柔らかだった。



「――――枝交わす先の実、首落ち絶えて、また実る」

ふわり。
翠が語りだした瞬間、空気が暖かみを帯びた。

それは春風のように、凍えていた部屋に温もりを届けていく。

「枯死た矜持は流るる谷間に、されど花冷えの芽吹きの先、一縷の光ありけり」

その旋律の調子を、カヤは知っていた。

初めて翠のお告げを聞いた時の、あの心地よさに似た。
恐ろしさに嘆いていた心を、それらがゆっくりと、ゆっくりと撫でつける。

「汝、実得を尊ばん思いとすることなかれ。浅からぬ志は寧静に返すべし」

(綺麗で、たおやかで、苦しい)

ああ、これが聞きたかった。
その翠の声を、カヤはきっといつも欲していた。

まるであの森で2人並び、夜空を見上げた時の解放感に似ているから。
ともすれば抱いてもらった腕の温かさと、安心感とも似ているから。

「花開けば必ずや真実を結ぶ。今ここで、契り紐とかん」

ゆるやかな声がぬるま湯になって、しぶきになって、そして溶けて。
混ざり合う。貴方の美しいところと。




翠が唱え終わり、しん、とした静寂が満ちた。

「これで終いだ」

翠は一度も顔を上げなかった。
相変わらず表情は見えない。

静かに呟かれた翠の言葉に、呆けていたハヤセミがハッと意識を取り戻した。

「あ、ありがとうございま……」

全てを言い終える前だった。


―――ガシャァン!
翠の剣が地面に横倒しになり、大きな音を立てた。


「翠様っ!」

タケルが叫ぶと同時、翠の身体も続けざまに地面に倒れ込んだ。

ドサッ!と何の抵抗もせず、その身体が地面に打ち付けられる。
その後には、長い黒髪が恐ろしいほど綺麗に、床を舞っているだけだった。


「す、翠様!」

ぐったりと床に伏す翠に、カヤは真っ青になりながら寝台を飛び降り駆け寄った。

「翠様、しっかりなさって下さい!」

同じように駆け寄ってきたタケルが、翠の身体を慎重に抱き起す。

やっと露わになった翠の顔は、苦痛に歪んでいた。
息も荒く、固く閉じられた瞼は小刻みに震えている。

それを眼にし、カヤの頭がぐらりと揺らいだ。

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