【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤは、ぽつりぽつりと2人に話しをした。


どうしても翠を嫁に行かせたくなかったこと。

自分は神の娘では無くなってしまったが、弥依彦と子を成せば、祝言が中止になるのではと思ったこと。

弥依彦の私室は知っていたので、崖を伝って窓から忍び込んだこと。

"まるで猿ではないか……"とは、崖伝いの話をした時の、タケルの言葉である。
熊のような貴方には言われたくないとは思ったものの、口が裂けても言えなかった。

そしてどうにか弥依彦をその気にさせた所、翠達が来訪し、直後に弥依彦が苦しみだした――――


そこまで説明したカヤは、正座している膝の上で拳を握りしめた。

「と言うわけですので、弥依彦の言っていた事は半分当たっております。ま……まま、股は開いてませんが、誘ったのは……私です」

翠の顔もタケルの顔も一切見ず、深く俯きながら絞り出すように言う。
話し終わった後には地獄のように居心地の悪い空気が漂っていた。


「……そなたは阿呆なのか?なぜそのような事を?」

タケルが、本気で意味が分からない、と言うように口を開いた。
相変わらず自分の足に視線を落としたまま、カヤは消え入りそうな声で言った。

「なぜって……翠様が嫁に行くのを阻止したくって……」

「ま、まさか弥依彦の事を好いておったのか?」

「なっ……全く持って違います!」

慌てて顔を上げる。

タケルは大変に混乱したような表情をしていた。
なぜ、よそ者のカヤがそこまで身体を張ったのか、全く分からないようだった。

確かにそうだ。
自分でも馬鹿な事をしたと思っているし、何なら大人しくしていた方が2人の邪魔だってしなかった。

それでも、それでも。

「私は、ただ翠様は、あの国に絶対必要なお方だと思ったのです!そうしたら居てもたっても居られなくなって!か、身体が勝手に動いて……あんな、あんな愚かな事を……」

言ってるうちに己の愚行を思い出し、しゅるしゅると勢いも言葉も萎んでいく。

カヤは再び俯いた。
自分の覚悟がどうであれ、行いは消えない。

2人に多大なる迷惑をかけてしまった事も、男4人にあられもない姿が見られてしまった事も、もう取り返しが付かないのだ。


「―――なるほど、話は分かったよ」

それまで何も言わなった翠が、静かに口を開いた。
思わず顔を上げたのは、期待していたからかもしれない。

優しい翠なら、きっと失意の淵に立っているこの心を、僅かにでも慰めてくれるのではと、浅はかにも思ってしまったのだ。

「つまりはこういう事か、カヤ?」

しかし、ゆらりと立ち上がった翠の表情を見て、カヤの馬鹿げた幻想は吹っ飛んだ。


笑っているのに、怒っている。
器用とも言えるその表情のまま、翠は恐ろしいほどゆっくりとカヤに歩み寄って来た。
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