【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「そなたは自分がただの非力な娘だと分かっているのか?」

勿論分かっている。

「男と身体を重ねるという事がどういう事か分かっているのか?」

言われるまでもなく分かっている。

「自分が取り返しの付かぬ事をしでかす所だったと分かっているのか?」

そりゃあもう痛い程に分かっている。


全ての質問に素直に頷いたと言うのに、なぜか翠は声を荒げた。

「ではどうしてあのような事をしたのだ!」

鋭く降ってきた声に、カヤがびくりと身体を揺らした。


(どうして……って)

そんな事を貴方が言うのか。誰でも無い、貴方が?


翠の眼が醒めて安心したのも束の間、不安と混乱で弱り気味だった心に対して一方的に怒りを向けられたせいであろう。

カヤの中で、呆気なく何かが切れた音がした。




「……お言葉ですが、翠様」

ゆっくりと顔を上げる。
完全に怒っている翠と眼が合ったが、もうそれを反らす気にはなれなかった。

「私だって怒っているのですが……?」

そうだ、自分は怒っている。
怒りのあまり震える声と、力が籠る己の眉間を感じ、カヤはそう認識した。

「なぜ自ら命を危ぶむような真似をされたのですか?チカータだって十分な量では無いと分かっていたのでしょう?」

不思議な事だ、と頭の片隅で自分が言う。

あまりにも真っすぐに怒りをぶつけられると、おのずとこちらの腹も立つらしい。
例えその相手が翠様だとしても。

「"どうしてあのような事をしたのだ"だなんて、そっくりそのままお返ししますよ!貴方に言われる筋合い一つもありません!」

嗚呼、だってほら、そんなに顔色が悪いくせに。
なぜ貴方はいつもいつも、自分を鑑みないのだ。

自分の国の民を守る事でその腕の中はいっぱいいっぱいのはずなのに。
そこにカヤが入る隙間なんて無いはずなのに。

優しい貴方は、己の身体を削ってまでカヤを迎え入れようとしてくる。

「第一、私などさっさと返して下されば、こんな事にはならなかったのです!そうすればっ……そうすれば、貴方がああやって苦しむ事も無かったのにっ……」

そんな風に守られる価値があるのかどうか、全く分からないから困ってしまうのだ。

もう、どうしようもない。



―――――ぽたり、ぽたり。
やけに響いた水滴の音で、ようやく自分が泣いている事に気が付いた。


(そんな、いつの間に)

驚き、咄嗟に両腕で顔を覆う。
交差させた両腕の隙間から見えた地面が、驚くほど濡れていた。

なんという事なのだろう。
どうやら砦で十年ぶり程に泣いてしまった結果、カヤの涙腺は少し可笑しくなってしまったようだった。

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