【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「手貸せよ。カヤの身長じゃ登りにくいだろ」
そんな声と共に、目の前に掌が降りて来た。
見上げれば、翠が柔く微笑んでいる。
「うん、ありがとう」
その手を取ると同時、驚くほどの力で身体を引っ張り上げられた。
あっという間に塀の上まで登り切り、気が付けば翠の片腕に力強く抱かれていた。
目の前には形の良い顎があって、そして少し上昇した所に、熟れたように赤い唇が――――
不意に息が止まった。
「よし、このまま降りるぞ…………って、カヤ?」
呼ぶ声は、聴こえていなかった。
どく、どく、どく。
心臓がけたたましく鳴り響いている。
(なに、これ)
何がきっかけになったのかは分からない。
久しぶりに二人きりになったからか。
それともあの日以来初めて翠と皮膚が触れたからか。
(苦しい、じんじんする、熱い)
翠に抱かれている肩から、痺れるような甘さが身体中を巡っていく。
だって、ど真ん前にある、それが。
あの夜カヤの皮膚を這った、それが。
カヤの視界を、意識を、強烈に奪って固定する。
(これが、あの日、私を)
蠢く舌をあられもなく曝け出して、その歯で背徳感を刻みつけて。
必死に拒んでも逃がしてなどくれない。
その唇で、背で、肩で、腕で、全てで、カヤを呆気なく縫い付けた。
理性を失った、美しい獣のように―――――
「っ、」
鮮明に思い出してしまった瞬間、自分の顔が真っ赤になったのが分かった。
「……え」
それを見止めてしまったらしい翠が、戸惑いの声を漏らす。
更にカーッと顔が熱くなって、カヤは翠の腕の中から脱出しようと暴れた。
「な、ななななんでも無い!放して!」
「っおい、あぶねっ……」
塀の上で暴れたカヤが馬鹿だった。
「ひ、や」
ぐらりと、塀の向こう側に体勢が崩れた。
(あ、おちる)
胃袋がひっくり返るような気持ち悪さの後、ドシィンッ!と言う凄まじい衝撃が身体中に走った。
「……い、いったあ……」
痛みに呻く。
「く、ない……?」
あれ、思ったより痛くない。
カヤが恐る恐る眼を開けると、
「……そりゃ良かった」
翠が下敷きになっていた。
翠の左手はカヤの後頭部を、右手は背中を強く抱き締めていた。
咄嗟にカヤを守ろうとしてくれたようだった。
「ひぃ!?ご、ごめん!」
慌てて退くと、翠は痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こした。
「ごめんなさいごめんなさい!大丈夫!?重かったよね!?怪我はっ……!?」
必死に謝ると、翠は頭を押さえた。
「んー……少し頭を打った」
「そ、そんな……!何か冷やすものをっ……いや、先に医務官……ああ、でももう帰ってるかも……ていうか、ちょっと待って!今コウの恰好じゃん……!」
愕然として呟くと、翠が堪えきれないように吹き出した。
「ふ、はっ……」
え?
「ごめんごめん、冗談。怪我は無いよ」
(また人の事からかう……)
くっくっと肩を揺らす翠に、今回ばかりは怒りより先に安堵感が襲ってきた。
そんな声と共に、目の前に掌が降りて来た。
見上げれば、翠が柔く微笑んでいる。
「うん、ありがとう」
その手を取ると同時、驚くほどの力で身体を引っ張り上げられた。
あっという間に塀の上まで登り切り、気が付けば翠の片腕に力強く抱かれていた。
目の前には形の良い顎があって、そして少し上昇した所に、熟れたように赤い唇が――――
不意に息が止まった。
「よし、このまま降りるぞ…………って、カヤ?」
呼ぶ声は、聴こえていなかった。
どく、どく、どく。
心臓がけたたましく鳴り響いている。
(なに、これ)
何がきっかけになったのかは分からない。
久しぶりに二人きりになったからか。
それともあの日以来初めて翠と皮膚が触れたからか。
(苦しい、じんじんする、熱い)
翠に抱かれている肩から、痺れるような甘さが身体中を巡っていく。
だって、ど真ん前にある、それが。
あの夜カヤの皮膚を這った、それが。
カヤの視界を、意識を、強烈に奪って固定する。
(これが、あの日、私を)
蠢く舌をあられもなく曝け出して、その歯で背徳感を刻みつけて。
必死に拒んでも逃がしてなどくれない。
その唇で、背で、肩で、腕で、全てで、カヤを呆気なく縫い付けた。
理性を失った、美しい獣のように―――――
「っ、」
鮮明に思い出してしまった瞬間、自分の顔が真っ赤になったのが分かった。
「……え」
それを見止めてしまったらしい翠が、戸惑いの声を漏らす。
更にカーッと顔が熱くなって、カヤは翠の腕の中から脱出しようと暴れた。
「な、ななななんでも無い!放して!」
「っおい、あぶねっ……」
塀の上で暴れたカヤが馬鹿だった。
「ひ、や」
ぐらりと、塀の向こう側に体勢が崩れた。
(あ、おちる)
胃袋がひっくり返るような気持ち悪さの後、ドシィンッ!と言う凄まじい衝撃が身体中に走った。
「……い、いったあ……」
痛みに呻く。
「く、ない……?」
あれ、思ったより痛くない。
カヤが恐る恐る眼を開けると、
「……そりゃ良かった」
翠が下敷きになっていた。
翠の左手はカヤの後頭部を、右手は背中を強く抱き締めていた。
咄嗟にカヤを守ろうとしてくれたようだった。
「ひぃ!?ご、ごめん!」
慌てて退くと、翠は痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こした。
「ごめんなさいごめんなさい!大丈夫!?重かったよね!?怪我はっ……!?」
必死に謝ると、翠は頭を押さえた。
「んー……少し頭を打った」
「そ、そんな……!何か冷やすものをっ……いや、先に医務官……ああ、でももう帰ってるかも……ていうか、ちょっと待って!今コウの恰好じゃん……!」
愕然として呟くと、翠が堪えきれないように吹き出した。
「ふ、はっ……」
え?
「ごめんごめん、冗談。怪我は無いよ」
(また人の事からかう……)
くっくっと肩を揺らす翠に、今回ばかりは怒りより先に安堵感が襲ってきた。