【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(膳のところの……)

カヤは、湧き出た違和感に眉を寄せた。


膳は土地を騙し取っていた罰で、豪族としての地位を失ったはずだ。

確かに一時は金でカヤを買おうとしていたが、もうそんな道楽をしていられる立場でも無いはず。


――――それなのに、なぜ今になってカヤを引っ捕まえようとしているのだ?




「お前ら、この男は確実に殺せ。手強いぞ、本気でかかれ!」

頭首らしき男の声と共に、包囲網が縮まった。

「っくそ」

舌打ちをし、ミナトが姿勢を低くして迎え撃つ体勢になる。

(無理だ、いくらなんでもこんな人数)

男達は十数人居るのだ。
対してこちらは二人。しかもカヤなんて数にすら数えられるわけが無い。


「……おい、黙って聞けよ」

目の前のミナトが小さく呟いた。
カヤは、じりじりと迫って来る男達から視線を外し、ちらりとミナトの背中を見やる。

「俺が合図したらリンの所まで走って、どうにかして乗れ」

信じられない言葉が聞こえて来て、思わず耳を疑った。
ミナトはほとんど唇が動かさないまま、言葉を続ける。

「腹の前辺りを強めに蹴れば走り出す。後は手綱で方向を教えてやれ」

「な、に言って……乗れるわけないでしょ……」

「大丈夫だ、リンは賢い。ただし足速えからな。死ぬ気でしがみついてろよ」

そんな無茶な、とカヤは絶句した。

一人でリンに乗って、無事に逃げられるはずが無い。
逆立ちして屋敷の周りを一周するのと同じくらい不可能だ。

それに何よりも――――

「それ、ミナトを置いてけってこと……?」

そんな事出来るはずが無い。


「……邪魔なんだよ、お前。それぐらい分かるだろ」

低い声が、ぐさりと胸に突き刺さった。

ぐうの音も出ない。
カヤが居るせいで戦いづらいのは、考えなくても分かった。

そしてミナトがどうにかしてでもカヤを助けようととしてくれている事も、痛いくらい分かった。

冷たく素っ気ない言葉の裏から彼の優しさがひしひしと伝わってきて、カヤはもう頷くしかなかった。

「わかっ…た……」

どうにかそう言葉を吐くと、ミナトが僅かに頷いた。

もう男達は剣三本分のところまで迫ってきている。

ミナトは集中するように長く息を吐いた。
全て吐き切って、そして短く息を吸い込むと、大声で叫んだ。

「っ今だ!」

それを合図にカヤは脱兎のごとくリンの方へ走り出した。
と、同時にミナトが男達へ斬りかかっていくのが視界の端で見えた。


(っミナト……!)

ギィン!と剣が交差した音が後方から聞こえてきて、それでもカヤは振り返らずに全力で走る。


「――――娘を逃がすな!構わん、足を射れ!」

動乱の音を縫って、そんな言葉が鼓膜に突き刺さってきた。


(えっ……?)

思わぬ命令に、カヤは足を緩めてしまった。


ミナトに向かっていく者。
カヤを追いかけようとしてくる者。

入り乱れる人間の隙間から、それがカヤを狙っているのが見えた。


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