【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「カヤは本当に死にもの狂いで耐えたのか?もうこれ以上は絶対に不可能だってくらいまで足掻ききったのか?」
ぐさ、ぐさ、と皮膚の柔らかな所に容赦無い言葉が刺さってきた。
現実から眼を反らして楽な方に逃げたカヤを、そうやって激しく叱咤する。
「休まず頑張り続けろとは言わない!休めば良いんだよ!でももしカヤが、自分の限界まで耐え忍んでないなら、こんな風に逃げるな!甘えるな!」
翠は荒ぶる言葉を途切れさせ、は、と震える息を吐いた。
そして真っすぐにカヤを見つめ、静かに言う。
「……無様でも、生きろ」
暗闇の中で光を放つ、強い意志を刻んだ瞳で。
――――なんとなくだが、悟ってしまった。
国を統べる神官として翠が背負っている重圧は、きっとカヤには想像できないほど重いだろう。
そんな日常の中、翠はいつも自分自身に言い聞かせているのではなかろうか。
逃げるな、甘えるな、耐え続けろ――――そうやって、カヤよりもずっとずっと長い間、独りで。気が遠くなるほど。
涙が出た。ぼろりと大きな粒が、一つ、二つ、そして止め処なく。
自分のために流した涙では無い。
目の前の、ひたすら孤独と戦ってきたであろう翠を思って流れた涙であった。
「……はは、手厳しいなあ」
苦笑いを零す間にも、ぽろぽろと翠に対する気持ちが雫となって零れ落ちていく。
翠はカヤの肩を掴む手を緩めると、仕方無さそうに眉を下げた。
「優しく言っても、どうせ聴く耳持たないだろ」
「うん、良くお分かりで」
「……茶化すな」
そっと呟いた翠の指が、眼尻をなぞる。
優しく皮膚を擦った指はそのまま滑るように後頭部に回り、それからぐっとカヤを引き寄せた。
翠の肩口に額が押し付けられ、息が少しし辛くなる。
彼の右手は頭を、そして左手は背中に回っていて、翠の身体全てを使って抱きしめられていた。
言いようの無い安心感に包まれ、カヤは自然と瞼を閉じると、そっと翠の背中に手を回した。
相変わらず、しなやかで綺麗な線を描く背筋に縋るように、ともすれば何かから守るように抱く。
「……二度目だね」
「ん?」
「翠が厳しい事を言ってくれたの。これで二度目」
一度目は、この湖で三人の男達に追われてコウに匿ってもらった時だった。
助けてもらったくせに警戒心丸出しのカヤに、翠は言ったのだ。
"いつか本当にお前の事を思う人間が現れても失う事になるぞ"
あの言葉が無かったら、きっとカヤは今でも独りだった。
翠のお世話役として屋敷で働いていなかっただろうし、友達と呼べる存在にも会えなかっただろうし、この国で頑張って生きて行こうとも思わなかった。
(あの時、私はただ幸せになりたかったんだ)
そうだ、決してこんな風に苦しみから逃げたかったわけでは無い。
「……ごめん、翠」
ただ呼吸をしているだけで叶えられるような夢なら、初めから願わない。
息も絶え絶えになって必死に伸ばした指の先に、儚く在るからこそ、きっとカヤも翠も渇望するのだ。
「私、もう少し足掻いてみるよ」
忘れかけていた気持ちが頭をもたげ、ゆっくりと呼吸を始める。
――――また少しだけ、曖昧だった輪郭をはっきりさせて。
カヤの言葉に、翠の腕の力が柔く強まった。
「うん」
僅かに頷くような振動の後、まるで褒めるかのようにうなじを撫でられる。
ぐさ、ぐさ、と皮膚の柔らかな所に容赦無い言葉が刺さってきた。
現実から眼を反らして楽な方に逃げたカヤを、そうやって激しく叱咤する。
「休まず頑張り続けろとは言わない!休めば良いんだよ!でももしカヤが、自分の限界まで耐え忍んでないなら、こんな風に逃げるな!甘えるな!」
翠は荒ぶる言葉を途切れさせ、は、と震える息を吐いた。
そして真っすぐにカヤを見つめ、静かに言う。
「……無様でも、生きろ」
暗闇の中で光を放つ、強い意志を刻んだ瞳で。
――――なんとなくだが、悟ってしまった。
国を統べる神官として翠が背負っている重圧は、きっとカヤには想像できないほど重いだろう。
そんな日常の中、翠はいつも自分自身に言い聞かせているのではなかろうか。
逃げるな、甘えるな、耐え続けろ――――そうやって、カヤよりもずっとずっと長い間、独りで。気が遠くなるほど。
涙が出た。ぼろりと大きな粒が、一つ、二つ、そして止め処なく。
自分のために流した涙では無い。
目の前の、ひたすら孤独と戦ってきたであろう翠を思って流れた涙であった。
「……はは、手厳しいなあ」
苦笑いを零す間にも、ぽろぽろと翠に対する気持ちが雫となって零れ落ちていく。
翠はカヤの肩を掴む手を緩めると、仕方無さそうに眉を下げた。
「優しく言っても、どうせ聴く耳持たないだろ」
「うん、良くお分かりで」
「……茶化すな」
そっと呟いた翠の指が、眼尻をなぞる。
優しく皮膚を擦った指はそのまま滑るように後頭部に回り、それからぐっとカヤを引き寄せた。
翠の肩口に額が押し付けられ、息が少しし辛くなる。
彼の右手は頭を、そして左手は背中に回っていて、翠の身体全てを使って抱きしめられていた。
言いようの無い安心感に包まれ、カヤは自然と瞼を閉じると、そっと翠の背中に手を回した。
相変わらず、しなやかで綺麗な線を描く背筋に縋るように、ともすれば何かから守るように抱く。
「……二度目だね」
「ん?」
「翠が厳しい事を言ってくれたの。これで二度目」
一度目は、この湖で三人の男達に追われてコウに匿ってもらった時だった。
助けてもらったくせに警戒心丸出しのカヤに、翠は言ったのだ。
"いつか本当にお前の事を思う人間が現れても失う事になるぞ"
あの言葉が無かったら、きっとカヤは今でも独りだった。
翠のお世話役として屋敷で働いていなかっただろうし、友達と呼べる存在にも会えなかっただろうし、この国で頑張って生きて行こうとも思わなかった。
(あの時、私はただ幸せになりたかったんだ)
そうだ、決してこんな風に苦しみから逃げたかったわけでは無い。
「……ごめん、翠」
ただ呼吸をしているだけで叶えられるような夢なら、初めから願わない。
息も絶え絶えになって必死に伸ばした指の先に、儚く在るからこそ、きっとカヤも翠も渇望するのだ。
「私、もう少し足掻いてみるよ」
忘れかけていた気持ちが頭をもたげ、ゆっくりと呼吸を始める。
――――また少しだけ、曖昧だった輪郭をはっきりさせて。
カヤの言葉に、翠の腕の力が柔く強まった。
「うん」
僅かに頷くような振動の後、まるで褒めるかのようにうなじを撫でられる。