【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「何してんだよ!」
開口一番、翠が怒鳴り付けて来た。
「ご、ごめ……げほっ、水飲んじゃって……げほ、げほっ……」
痛む鼻を庇うように咳をして、どうにか呼吸を落ち着けようとするが、しかし翠の怒鳴りは収まらない。
「ふざけるな!こんな事しないって自分で言っただろ!」
「……え、何……けほっ、こんな事……?」
「順調だって言ってたのにどうしたんだよ!嫌な事があったのか!?誰かに何かされたのか!?」
激しく問いかけてくる翠の表情を見て、ようやく気が付いた。
彼は大きく勘違いをしている。
きっと、カヤが湖に身投げしようとしていたと思っているのだ。
「ち、ちがっ……違う!泳いでただけ!」
「……え?」
「ただ泳いでただけなの!翠に驚いて溺れちゃっただけだから!」
カヤの訴えに、翠は眼を見開いた。
それから口を二、三度ぱくぱくと開閉させると、やがて大きく息を吐きながら俯いた。
「悪い……早とちりした」
力の抜けたような声。
カヤは唖然として返事が出来なかった。
もしかして、まだ夢の続きを見ているのだろうか。
だとしたら何て欲望に忠実な白昼夢なんだ。
白い女の人が現れて、夢中で追いかけて、けれど見失って。
そうしたら今度は翠が現れた。
馬鹿みたいに二人して湖に浸かって、願い通り翠に抱きしめられている――――
そこでようやく、自分の身体が酷く翠に密着していることに気が付いた。
途端に、腰に回っている手から何かむずむずとした感覚が伝わって来て、そこら中を不躾に駆け回り始めた。
冷え切っているはずの身体が、摂理を無視して激しい熱を帯びる。
(む、無理……無理、こんなの無理!)
このままじゃ湖が沸騰する。
「た、助けてくれてありがとう!」
不自然なほどの大声が口から飛び出してきた。
驚いて緩んだ翠の腕から身を捩るようにして抜け出し、カヤは再び水中を漂う。
「私は帰るので、ごゆっくり泳いでください!」
早口でそう言い、水を掻きだそうとしたカヤの腕は、あっという間に阻まれた。
「カヤ!」
「う、わっ……」
泳ぎ出そうとしていた所を思いっきり邪魔され、再び沈みかけたカヤを、今度は翠の腕が後ろから抱く。
「ちょっ……何するの……」
文句を言おうと振り向くと同時、こてん、と翠の頭が右肩に凭れてくるもんだから、カヤは一瞬で石と化した。
翠の唇が、肩の後ろあたりの皮膚に押し付けられてくる。
熱い。柔らかい。くすぐったい。
こんなの、溶け落ちてしまう。
「っ、あの、あの……あの……」
一切動けない身体の代わりに、心臓だけが唯一動いていた。
それも止めようのないほど激しく、強く。
どうしよう、どうしよう。
鼓動が水面を揺らして、翠に悟られてしまう。嫌だ。
開口一番、翠が怒鳴り付けて来た。
「ご、ごめ……げほっ、水飲んじゃって……げほ、げほっ……」
痛む鼻を庇うように咳をして、どうにか呼吸を落ち着けようとするが、しかし翠の怒鳴りは収まらない。
「ふざけるな!こんな事しないって自分で言っただろ!」
「……え、何……けほっ、こんな事……?」
「順調だって言ってたのにどうしたんだよ!嫌な事があったのか!?誰かに何かされたのか!?」
激しく問いかけてくる翠の表情を見て、ようやく気が付いた。
彼は大きく勘違いをしている。
きっと、カヤが湖に身投げしようとしていたと思っているのだ。
「ち、ちがっ……違う!泳いでただけ!」
「……え?」
「ただ泳いでただけなの!翠に驚いて溺れちゃっただけだから!」
カヤの訴えに、翠は眼を見開いた。
それから口を二、三度ぱくぱくと開閉させると、やがて大きく息を吐きながら俯いた。
「悪い……早とちりした」
力の抜けたような声。
カヤは唖然として返事が出来なかった。
もしかして、まだ夢の続きを見ているのだろうか。
だとしたら何て欲望に忠実な白昼夢なんだ。
白い女の人が現れて、夢中で追いかけて、けれど見失って。
そうしたら今度は翠が現れた。
馬鹿みたいに二人して湖に浸かって、願い通り翠に抱きしめられている――――
そこでようやく、自分の身体が酷く翠に密着していることに気が付いた。
途端に、腰に回っている手から何かむずむずとした感覚が伝わって来て、そこら中を不躾に駆け回り始めた。
冷え切っているはずの身体が、摂理を無視して激しい熱を帯びる。
(む、無理……無理、こんなの無理!)
このままじゃ湖が沸騰する。
「た、助けてくれてありがとう!」
不自然なほどの大声が口から飛び出してきた。
驚いて緩んだ翠の腕から身を捩るようにして抜け出し、カヤは再び水中を漂う。
「私は帰るので、ごゆっくり泳いでください!」
早口でそう言い、水を掻きだそうとしたカヤの腕は、あっという間に阻まれた。
「カヤ!」
「う、わっ……」
泳ぎ出そうとしていた所を思いっきり邪魔され、再び沈みかけたカヤを、今度は翠の腕が後ろから抱く。
「ちょっ……何するの……」
文句を言おうと振り向くと同時、こてん、と翠の頭が右肩に凭れてくるもんだから、カヤは一瞬で石と化した。
翠の唇が、肩の後ろあたりの皮膚に押し付けられてくる。
熱い。柔らかい。くすぐったい。
こんなの、溶け落ちてしまう。
「っ、あの、あの……あの……」
一切動けない身体の代わりに、心臓だけが唯一動いていた。
それも止めようのないほど激しく、強く。
どうしよう、どうしよう。
鼓動が水面を揺らして、翠に悟られてしまう。嫌だ。