【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
翠の世話役に戻る事が決まった時、カヤは『お勤めが始まる前の朝早く、もしくお勤めが終わった後の夜遅くに、馬達のお世話をさせてほしい』と願い出ていた。

どれだけ早起きする事になっても、どれだけ夜更かしする事になっても、一度始めたことを途中で投げ出したくなかったのだ。

それに何と言っても、愛情を持ってお世話した馬達に一切会えなくなるのが寂しい、と言うのが大きな理由だった。


それだと恐らくカヤがぶっ倒れるだろうから、お勤めの時間を少し短くしよう―――――と、提案してくれたのは翠だった。

願ったり叶ったりの言葉に、勿論カヤはすぐさま頷いた。
何度も勢いよく頷きすぎて、翠に笑われた程だ。


と、まあそう言う訳で、カヤはこうしてまた馬達と触れ合う時間を持つ事が出来た。

全く持って、翠には一生頭が上がらなそうである。



「翠様の所に戻れたんだろ?もう嫌な事でもあったのかよ?」

桶の水でリンの身体を丁寧に洗い流しながら、ミナトが言った。


めでたく全ての包帯が取れたミナトは、カヤと同時期に完全復帰していた。

今日はお勤めが非番らしく、リンに会いに来るついでにカヤの事を手伝ってくれているのだ。

休みの日までリンの世話をしにくるとは、それほどリンが好きなのか、よっぽど暇なのか――――聞けば怒られそうなので、まあ口にはしないが。



「いえいえ全く。むしろ幸せだよ」

そう。とても幸福だし、順調だ。

「ただ……」

「ただ?」

「……嘘なんて付いちゃ駄目だなーと……」

ゴニョゴニョとそう呟けば、ミナトが鼻で笑った。

「何を当たり前の事言ってんだ」

「ですよねぇ……」

ミナトの言葉に、ずしん、と腹の奥が重くなる。

その『当たり前の事』を、なぜあの時投げ捨ててしまったのだろう?

自分の事のはずなのに、カヤにはその理由がさっぱり分からなかった。



「ま、嘘付くなら一生隠し通す覚悟で付けや」

「……はい」

暗い声で返事をしたカヤに、「そう言えば」と、何かを思い出したようにミナトが声を上げた。

「お前、剣の稽古は続けねえのか?」

「ああ、うん……そうだね。続けるのは難しいかな」

以前までは、馬達のお世話の合間に稽古をする事が出来たが、今は状況が違う。

起きている時間帯のほとんどは翠に仕え、そして無理を言って空けて貰った僅かな時間に、馬達のお世話をしているのだ。

一日のどこかに剣の稽古が入り込む隙間があるとは、到底思えなかった。

勿論、叶うのならば剣の稽古は続けたいが、これ以上の我儘など言えるはずも無い。


「翠様に言ってみれば?取り計らって下さるだろ」

「あー……良いの、良いの。この子達のお世話の方がずっと大事だし」

「ね?」と言いながら、洗っている最中もずっと良い子にしているリンの頬を撫ぜる。

金の双眸が、ぱちくりと瞬きをして、もう可愛くて仕方ない。

本心の言葉だった。
心を占めるのが、その一色だけとは言えないかもしれないが、それでも。


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