【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(それにしても、律ってばなんて強かったんだろう)

俊敏に動く翠を見つめながら、同じくらい軽やかだった彼女を思う。

そして彼女が纏っていた、目の覚めるような真っ白い美しさを思い出す。


「……また会いたいなあ」

小さく願望を口にした時、不意に自分の名を呼ばれている気がした。

「――――カヤ……カヤ!」

「あ、はい!」

ハッと我に返ると、何時の間にやら討ち合いを終えた二人が、窓辺に居るカヤを見上げていた。

「すまないが、降りてきてくれないか」

そう翠に言われ、カヤは慌てて切り戸口を潜り庭に降りた。


「どうされましたか?」

二人の下へ駆け寄ったカヤは、少し安堵した。

思い切り身体を動かしたためか、翠の表情が先ほどよりも少しすっきりとしていたのだ。


「実は少しカヤに手合わせをして欲しいのだが」

すると突如、翠がそんな事を言い出した。

予想だにしていなかった言葉に、カヤは一瞬呆けた。
手合わせとは、何の?

「……へ?」

「聴いたところによるとミナトに稽古を付けてもらっていたそうじゃないか」

ようやく翠が『剣の手合わせ』をしてほしいと言っている事に気が付き、カヤは勢い良く後ずさった。

「え?私?いやいや、翠様の手合わせを出来るほどの腕前じゃっ……!」

一体何を言い出すのか。
翠の相手を出来るような域にまで達しているわけが無い。

瞬きをする間に勝負が終わっているのは、火を見るより明らかだ。


「現時点での腕前を見るつもりは無い。さあ、持って」

ずい、と木刀を差し出され、カヤは条件反射で受け取ってしまった。

翠がどういうつもりなのかさっぱり分からなかった。

ただ、かつての稽古で出来上がった掌の豆に木刀がぴたりと触れて、やけに収まりが良く感じた。


カヤは、まじまじと木刀を見つめた後、ゆっくりと構えを取った。

「……本当によろしいのですか?」

念のための最終確認に、翠は迷いなく頷く。

「手加減せずに振るってみてくれ」

「……では、失礼します」

脇を締め、翠が持つ木刀に視線を合わせた。

己の心臓の音を聞き、呼吸を合わせて間を測る。

一、二、三……カヤは勢いよく踏み出した。

バシィッ――――カヤの斬撃を、翠が綺麗に受け止める。

久しぶりに聴いたその音は芯が通っていて、小気味が良かった。

ああ、これだ。


カヤは素早く距離を取り、次に繰り出されてくるであろう翠の攻めを受けるために構えを取った。

が、すぐにゆるりと手を下ろした。

「あの……翠様?」

翠が明らかに驚いていたのだ。

キョトンとして、今しがたカヤの一手を受け止めた木刀を見つめている。

まさか、あまりの下手さに驚愕してしまったのだろうか。
だから言ったのに。

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