【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「翠……」

ぼろぼろと涙腺が壊れていく。
絶望めいた涙が溢れ、流れ切っていった。



(翠、ねえ、翠)

こんな時なのに、翠の優しい笑顔が脳裏に浮かんだ。

ゆるりと目尻を下げて、たおやかにカヤの名を呼ぶ。
大好きな翠の顔。




――――ねえ、知っている。

常に背筋を伸ばして凛としている貴方だけど、意外とよく笑うんだって。

人の事をからかっては面白がってるし、公務の時よりも、剣を振るってる時の方が何倍も楽しそうな顔をする事も。


(私は知っている)

翠は他の人達が思っているより、ずっと普通の男の人だ。
その心は果てしなく強いわけでは決して無い。

彼はきっと今、ただの人間のように傷付き、怯えている。


(知っている、のに)

嗚呼、そんな彼を拒絶してしまったとして、一体誰がこの先に翠を慈しむだろう?




「――――いい、よ」

ふわり、と翠の頭を包み込んだ。

傷付けてしまわぬよう、何よりも優しく、優しく。
手負いの獣を抱き締めるように。


「ねえ、良いよ。翠のしたいようにして」

さらさらの髪をゆっくり撫でて、愛し子に語り掛けるように。

「もし翠の力が無くなっちゃったなら、二人で咎められよう」

全ての人から疎まれようと、互いが居れば息が出来る。
翠と、二人なら。



そっと抱き締めていた翠の頭が、ゆるゆると持ち上がった。

翠は、ようやく視線を交わしてくれた。
怖がったまま、不安がったまま、窺うように。

「……これが正しくない事だって、分かってるのにか?」

ああ、確かに他者から見れば間違っているだろう。
それでも。

「翠が決めた事なら、私にとっては真実だよ」

その頬を両手で包んで引き寄せる。

睫毛を交差させ、互いの視界を互いで埋め尽くして、狭い世界に閉じこもって。

「どうあっても、私は翠を信じる」

その恋情を、唇に載せた。


静かに口付けを解いた後、翠は綺麗な眉根を歪めさせていた。

「……ごめん、カヤ」

小さく謝りながら寝台から降り、腕を引いてカヤを起こす。

「大丈夫だよ、謝らないで」

俯く彼にそう声を掛ければ、おずおずと抱きしめられた。

そこに先ほどまでの乱暴さは無い。
確かめるように、ともすれば縋るように、カヤを包みこむ。

(良かった。思いとどまってくれた)

そう安心し、その腕に身を任せていると、不意に翠が口を開いた。

「……タケルを呼んでくる」

「え?」

驚くカヤをゆっくり放し、翠はしっかりとカヤを見据える。

「二人に話さなきゃいけない事がある」

その眼には、決心の色が浮かんでいた。









「一体お話とは何でしょうか?しかも、なぜカヤが此処に……?」

蝋の灯が揺れる部屋の中には、翠、カヤ、そして訳が分からない、と言った様子のタケルの三人が居た。

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