【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「もしかして、先ほど言いかけていた翠様の事ですか?」

察してくれたらしいナツナが、言葉を紡いでくれた。
カヤはこっくりと頷いた。

「……膳様がされている事は、確かにこの村の人達ならば知っていますね」

ナツナが静かにそう言った。
彼女らしからぬ、神妙な声色だった。

「翠様は、どうして膳の事を見逃してるの?」

当然の疑問を口にしたカヤに、ナツナは首を横に振った。

「きっと見逃しているわけではないのですよ。翠様はこの村だけではなく、国中の全ての村を統べていらっしゃいます。その上、日々私達のために国の行く末を占って下さいます……お忙しくて、知る余裕が無いのだと思います」

翠様の事を一切悪く言わないナツナの敬仰心は、見事なものであった。
それに水を差す事は出来なくて、カヤはそれ以上何も言えなくなってしまった。

黙るカヤに、ナツナは小さく笑った。

「翠様は、本当にお優しいお方なのですよ」

どうしようもなさげに、眉を下げて。









「よ、カヤ」

その日の夜、月が真上に昇った頃。
森の入口まで向かうと、コウは既にそこに居て、カヤを待っていた。

相変わらず夜だと言うのに、頭からすっぽり布を被っている。怪しい。
カヤも似たような恰好をしているため、偉そうな事は言えないが。

「うん……こんばんは」

昨夜あっという間にコウが去って行ってしまったせいで、実はあれは自分の幻想だったのではと疑い始めていた。

だが、間違いなく地面に立っていたコウを見て、カヤは少し安心した。

「行くか」

「うん」

当然のように声を掛け合う。
2人は連れ立って歩きながら、昨日とは逆に森の中へと足を踏み入れた。



「今日、なんかあったのか?」

道中、コウがそんな事を聞いてきた。

「え?なんで?」

「昨日より顔から力が抜けてるから」

何か失礼な事を言われた気がして、思わず両頬を手で包む。
それは、間抜け面をしていると言う事なのだろうか。

「良い意味でだよ」

ふ、とコウが笑う。

相変わらず、この人が纏う空気も言葉も、安らかだ。
頭上から降ってくる月の光と同化して、境目が分からなくなってしまうほど。


「……ねえ、コウって東の国の人なんだよね?」

「ん?ああ、そうだけど」

その空気にあてられたからかもしれない。
カヤは、どうしてもナツナに対しては問えなかった事を吐露する事にした。

「なんで皆、あんなに翠様とやらを慕うんだと思う?」

聞く人が聞けば、ただの悪態であった。

もう少し上手い聞き方があっただろうが、生憎カヤにはそれだけの語彙力が無かった。

「翠様って、この国の神官だよな?」

頷くと、コウは顎に手を当てて、しばし考えるそぶりを見せた。

「良く分からねえけど……この国の民は翠って人間を本当に慕ってるのか?」

「へっ?」

予想していた所とは全く違う所へ着地したコウの回答に、カヤは戸惑った。
しかし、コウもまた戸惑っていた。

「慕ってるって言うか、単純に怖がってるだけじゃないのか?」

畏怖。
ミナトやナツナの様子から、そのような感情は感じ取れなかった。

しかし、カヤもすべての民と話したわけでも無い。
そのため、確かにそれが真実とも言い難かった

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