【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「なんでって……何言ってるんだよ。言うまでもないだろ。タケルは、その……伊万里に……」

「翠の子供を産んでもらおうとしてるんだよね」

言い淀んだ翠に変わり、カヤが続きを受け持った。


タケルはきっと、まずは伊万里を翠の世話役に就ける事で、二人の距離を縮めさせたいのだ。

そうして時を見計らい、翠が男だと言う事と、翠との子を成してほしいと言う事を告げるつもりに違いない。

勿論、翠が男だという事を知れば父親である桂は大きく動揺はするだろうが、己の娘が次の神官を産む立場になれるのだ。断らない理由は無い。

それに。

「あの桂って言う人、高官達の中で一番力がある人なんでしょ?翠の味方に着いてくれれば、凄く有難いよね」

伊万里が嫁に入れば、例え翠が男だと公表して高官達の中で反発が起きたとしても、桂は翠の味方をせざるを得ないのだ。

桂の影響力がそれほど大きいのならば、他の高官達の抑制力となってくれるだろう。

そうすれば翠は桂を味方に抱き込みつつ、新しい神官の父親として今の立場に近い所に居続けられる。

結果的にそれは、翠の権力を虎視眈々と狙う強硬派の高官達へのけん制となり、そして痛ましい戦を避ける事にも繋がるのだ。

素晴らしい。正に完璧な計画では無いか。




「伊万里さんなら翠のお相手に申し分無いよね。家柄も良いし、可憐だし、すっごく優しそうだったしさ。あれは女の私でも惚れちゃうね」

うんうん、と笑いながら頷くが、逆に翠の顔は凍り付いていく。

こちらを見据える双眸は厳しく細められていた。

「……カヤ。頼むから真面目に会話してくれ」

硬い声色でそう言われ、カヤは仰天した。

「いやいや真面目だよ!酷いなあ、翠ってば」

「あのなあ……」

冗談めいて笑えば、思わず、と言ったように翠は閉口してしまった。

そして眉間を押さえ、小さく溜息を付く。

疲れている?呆れている?
どちらにせよ、あまり良い表情では無かった。



「……なあ、なんで笑ってるんだ?」

「へっ?」

相変わらず眉間を押さえながらそんな事を言われ、素っ頓狂な声を出してしまった。

ようやく翠がゆるりと顔を上げ、そしてカヤと視線を交える。

戸惑いの中に明らかな憤り。翠はきっと怒っていた。カヤに対して。

「あの日以来ずっとだ。どうしてそうやって笑ってるんだよ?」

座っていたはずの翠が、いつのまにか膝を付いて立ち上がっていた。

詰め寄られるような形になり、カヤは咄嗟に身体をのけ反らせる。

「ど、どうしたの急に?」

「質問に答えてくれ」

「え?いや、言ってる事が良く分からないけど……そりゃ私だって笑うよ。人間なんだからさ」

半笑いで答えた瞬間、

「っ違う、そうじゃない!」

鋭い言葉と共に、両肩を思い切り掴まれた。

< 321 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop