【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……二人ともすごく仲良かったんだね」

カヤには兄弟はおろか、もう生きている家族も居ない。

自分と血が繋がっている人がこの世界で息をしている事が、羨ましかった。


「うん。二人だけの兄弟だったからな。大切で仕方なかったよ」

そう優しい口調で言った翠は、不意に目を伏せた。

「……昔な、一度だけ今朝みたいにタケルを泣かせちゃった日があってさ。母上と父上が立て続けに亡くなって、良く分からないままいきなり神官の任に就いて、丁度一年経った頃だったかな」

かつてを思い出しているのか、懐かしそうな口調。
けれど、何処か侘しさを感じる空気を携えていた。

カヤは真剣に翠の話に耳を傾けた。
彼が昔の話をしてくれるのはとても珍しい。


「占いは下手くそだから、まともにお告げも降りてこないし、そのせいで高官達に毎日小言を言われるし、本当は外で思いっきり駆け回りたいのに、お淑やかな女の振りしなくちゃいけないしで、少し参っちゃってさ」

そんな風に軽く言うけれど、幼かった翠はかなりの重圧に苦しんだに違いない。

一人でポツンと膝を抱える小さな翠を想像してしまい、堪らなくなった。

「今考えると本当に子どもだったんだけど……"タケルは神官じゃなくて良いよな"って、酷いこと言っちゃったんだ」

それを聞いて、カヤは驚いた。

(翠でもそんな事を思ったんだ……)

己の運命を、両手を広げ受け入れて生きてきたのだと、そう勝手に思っていた。

でも、そうか。そうなのだ。この人も人間なのだ。

怒り、悲しみ、苦しみ。
そんな当たり前の感情を持ち合わせた人。

何ら悪いことはない。それはとても健全なことなのだ。


「あいつ、ずっと負い目感じてたんだろうな。わんわん泣きながら謝るんだ。申し訳無いって……俺にばっかり背負わせて申し訳無いって、ずっと。俺が弱かっただけで、タケルは何も悪くなかったのに……」

それを聴いて唐突に分かった気がした。

翠の根底は、そこにあったのだ。

かつて自分の苦しみを弟にぶつけてしまった自責の念が、この人の心を誰も見えない奥底に押し込んでいたのだ。


(この人は、どれだけの悲鳴を押し殺してきたんだろう)

痛い、と思う間もなく傷ついて、知らないふりをしてはまた傷付いて。

心が張り裂けそうだった。

少しも涙を流さない翠が痛くて、情けない事にカヤの方が泣き出してしまった。


「翠……」

向かい合う身体を、必死に抱きとめる。

実際は怪我なんてしていないだろうに、翠の身体が傷だらけに思えてしまった。

痛みを分かち合いたくて、強く、強く。


「……ありがとう、カヤ」

ぐしぐしと泣くカヤの頭を、翠は撫でてくれる。

どうしてこの人はこんなにも、たおやかで居れるのだろ
う。

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