【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「正直、情けない話なんだけどさ」と、翠は続ける。

「なんとかここまでやって来たけど、毎日のように迷ってきたし、何度揺らいだのかもう覚えてない。でもそれを誰かに悟られるのが本当に嫌で――――絶対、誰にも俺を暴いてほしくなかった」

髪を撫でてくれていた指が、ふと止まる。

最後に言われた言葉が妙に気になって、カヤは腕の中でゆっくりと顔を上げた。

今にも唇が触れてしまいそうな距離の中、視線が交じり合う。

「……初めてなんだ。暴かれたいと思うのも、暴きたいと思うのも、カヤが初めてだ」

囁くような翠の声。
翠は今までに見たことの無い眼をしていた。


恋情に浮かされたように熱っぽくて、けれど包み込むように穏やかで。

ああ、この人は、私をとても好いてくれているのだ、と――――馬鹿げているけれど、それがはっきりと分かった。



「嬉しい事も辛い事も、何でも分かって欲しいって思うし、カヤが何を思っているのか、全部知りたいって思うんだ」

「なんだろうな、これ」と、翠は少し困ったように言う。

「自分が傲慢すぎて、実は最近の悩みだったりするよ」

彼が浮かべた苦笑いに釣られるようにして、カヤも笑った。

嬉しかった。
翠がそんな些細な事で悩んでいるという事実が、とても。


髪の色も、瞳の色も、性別も考え方も、存在も、私達は何もかもが違うけれど。

(せめて同じ時に同じ事を思いたいって、そう望んでいるのかもしれない)

まったくもって翠の言う通りだった。
何もかも同じだったら良かったのに。



「でも、きっと幸せな悩みなのかも」

そう言えば、翠は微笑みを見せた。

「うん、そうだな。幸せだ。すごく幸せだ」

満ち足りた笑顔に引き寄せられるようにして、口付けを交わす。

外気に冷やされた唇は、ひやりとしていたけれど、何も厭わなかった。

「俺は今が一番幸せだよ」

少しだけ離れた唇が、そんな賛美を教えてくれる。
嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。

「同じだよ、翠。私も幸せでどうしようもないよ……」


――――やっと。やっとだった。

待ち望んでいた日が来たのだと悟った。
翠の世話役になると決めた日から、望んでいたこと。


「わたし、ずっと翠に触れたいと思ってた」

煌めく水の膜を一枚ずつ剥がして、生身の翠と向き合って、その温かさに触れたいと、ずっと。


翠はいつだって優しかったけれど、いつも何処かカヤとの間に一線を引いている気がしていた。

それが哀しくて線を踏み越えるけど、やんわりと押し返されるばかりで、どうしても届かなかったのだ。

でも今、ようやく本当の翠に会えた。
無垢で柔らかな、まっさらな貴方に。




「ねえ、翠」

だからお願い。

「私、もっと貴方を暴きたいよ。余すことなく全部。知らないところなんて、一つも無いくらいに」

このまま、なにもかも融け合ってしまおうよ。

喜びだけではない。
痛みすらも共有して、ひたすらに同化して、産まれた時から一つだったみたいに。
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