【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
懐かしくて微笑んでいると、翠が可笑しそうに笑いを漏らした。

「ああ。カヤが俺に可笑しな国だとか胡散臭い占いだとか言ってくれた時な」

「ちょっと!その話引っ張るの良い加減やめてよ!」

恥ずかしさで赤くなると、翠は声を出して笑った。

酷い人だ。
きっとこれからも散々その話題でからかわれるに違いない。

カヤがむくれていると、いつの間にか笑い終えていた翠が小さく呟いた。

「あの時はこんな風になるなんて夢にも思わなかったな」

翠は、何の気なしに言ったのだろう。
けれどそれは、思いの他カヤの胸に重たく圧し掛かった。


「……ごめんね、翠」

自責の念に駆られて、どうしようもなかった。

私が来なければ、何も始まらなかった。何も狂わなかった。

翠は今もあの素晴らしい力を宿し、国を真っ直ぐ導いていただろう。

それを私と言う存在が奪わせた。

何の心配もいらなかったはずの翠の未来が、大きく揺らいでいる。

「私のせいで、本当にごめんなさい……」

一度謝ってしまうと駄目だった。

ずっと考えないようにしていた申し訳なさが堰を切ったように溢れ出す。

ぼろぼろと流れ出た涙を、ぐ、と拭った。


「……カヤ、おいで」

優しく呼ばれる。

怖くて見れなかった翠の方に視線をやると、彼はまるで『入っておいで』と促す様に、身体を包む衣を捲っていた。

おずおずと近づいてその腕に頭を乗せると、翠は衣をふわりと体に掛けてくれた。

そしてそれごと全部、抱き締められる。

翠の掌が後頭部をあやしてくれるから、カヤはその心地よさにゆるゆると眼を閉じた。

あったかい。ほっとする。

この唯一無二の安堵感は、世界中どこを探しても、ここでしか手に入らない、と思った。



「……そう言えばさ」

しばらく頭を撫でてくれていた翠が、ふと思い出したかのように口を開く。

カヤの涙は翠のおかげで、いつしか静かに止まっていた。

「こうやってタケルの事を抱き締めて眠った日があったな」

「……タケル様を?」

ほわん、と頭にその図が浮かぶ。

今抱きしめられているカヤが厳ついタケルに成り代わり、それを翠が抱き締めている―――――

「へ、へえ……それはそれは……」

相槌に困り、頬を引き攣らせていると

「おい、変な想像してるだろ」

カヤの頭の中はお見通しらしい翠に、笑いながら突っ込まれた。


「今はあんなに暑苦しいけど、昔は小さくて可愛い時期もあったんだぞ。カヤ以上に泣き虫だったしな」

からかわれるように言われ、優しい指が未だカヤの眼尻に残っていた涙をそっと拭ってくれた。


(あ、なるほど……昔の話しか)

そりゃそうか。
いや別に、今の歳で抱き合って眠ってても何ら悪い事は無いだろうが、少し、いやかなり、想像出来なかったものだから。

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